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第7話
え?というように『7時15分の人』も、僕の顔を見た。
それはそうだ。
この店で会うようになってひと月ほどになるが、僕が話しかけたのはこれが初めてだった。
今まで世間話はおろか、天気の話すらしたことないのに…
「………あ…の……………あの………」
どうしよう。
声をかけたのはいいが、何も考えてない。
何か言いたいことがあるわけでもない。
また、頭の中が真っ白になって……思わず目をそらして下を向くと、彼の手の中の買ったばかりの煙草が目に入った。
………煙草…は……
「……吸いすぎると…体によくない、ですよ…」
そんな、小学生の保健の授業で習いそうな、ごくごく常識的なことを、思わずつぶやいてしまった。
「───────え…?」
彼は目をぱちぱちさせると、ちょっと困ったように微笑んだ。
「……ああ……心配してくれて、どうも」
そう言って、買ったばかりの煙草を少しもちあげると、すっと店から出て行った。
その背中をぼんやりと目で追っていると…
「──────痛っ!!」
斉藤さんからぽかりと頭をはたかれた。
「ばかっ!お前、なんつーこというんだよっ」
「へっ?だって、その……」
うまく言葉が返せない僕を、斉藤さんは店の奥に引っ張っていく。
それに気づいた有野さんが、あわてて僕たちのかわりにレジに入った。
「お前ね!いくら毎日のように会ってるからといって、あいつは客だぞ!?」
「それは……わ、かってます、よ…」
「分かってねーよ!今お前が言ったこと、客に向かっていうべきことだったか?俺たちの仕事は、客に品物を売ることであって、健康管理をすることでも病気の心配をすることでもない。ましてや、買ったもののことを注意するなんてありえないぞ!」
「注意だなんて、そんな…!」
「お前にそんなつもりがなくても、そう聞こえるんだよ。毎日煙草を買ってくれる客に、『健康に悪い』なんてことを話したら、『こんなもの、これ以上買うな』って言ってるんだと、思うかもしれないだろ!」
「……………」
「クレームでもきたら、大変なんだからな……今まで世間話だってしたことがないのに、何で急に話しかけたんだか…」
「……………」
斉藤さんは、はぁ…と大きくため息をつくと、頭をかいた。
……自分の言った言葉の意味なんて、何にも考えてなかった。
そうか……そんなふうにとらえることもできるんだ…
ただ、何か言わなくちゃと思っていたら、あの言葉が出てきてしまったんだ。
「───もうあの客…来ないかもしれないな」
「………えっ……」
「この街にどれだけの数のコンビニがあると思ってんだよ。もし今のやりとりを不愉快に感じたんだったら、他の店に行くだろ……煙草なんてどこで買っても同じだし」
───もう、この店に来ない。
と、言うことはもう二度と会えない。
今までは毎日のように会っていたのに……
本当にそんなことが起こるのだろうか……僕は嫌がられてしまったのだろうか…
考えるだけで、なぜか体が震えた。
───その日を最後に、『7時15分の人』は店に来なくなった。
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