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第8話
僕が話しかけた次の日から、いつもの時間になってもあの人は来なくなった。
でも、僕にできることなんて何もない……ただいつものように働くだけ……
それが3日続いたところで、ゴールデンウィークに入ってしまった。
大学は休みだけれど、バイトはいつものようにある。まとめて休みのとれなかった僕のかわりに、母と妹が実家からやってきた。
二人は僕の部屋を片付けたり、料理が苦手な僕のために腕を振るってくれたりと、あれこれ動いてくれ、僕がバイトで家を空けるときには仲良く外へ出かけていった。
そんなふうにして3日ほど滞在し、たくさんの保存食を作って冷蔵庫にストックすると、「夏は帰っておいで」と微笑みながら、二人は実家へと帰っていった。
駅まで見送ってから一人で戻ると、急に静かになった部屋は何だかいつもより寂しかった。
ごろっとベッドの上に転がると、ぼんやり天井を見る。
今日はバイトは休み。
次のシフトは明日の昼からだ。
「………明日は、会えるかな……」
思わず独り言をつぶやいたら……急に目の前がぼやけだした。
今までは二人が横にいたので考えずにすんでいたけれど…一人になった途端、頭に浮かんでくるのは、やっぱりあの人のことで…
ゴールデンウィークの間もバイトには行ったけれど、一度も来てくれなかった。
仕事、お休みなのかな…
だから、来てくれなかったのかな…
考えれば考えるほど、じわじわと涙がにじんでくる。
おかしい……おかしいよ、こんなの…
一日に何人ものお客さんと会い、何十回も何百回もレジをうってる。
その中には、同じように毎日来てくれる人たちがたくさんいるのに……どうしてあの人のことだけが、こんなに気になるのだろう…
自分で自分の気持ちが分からない。頭の中はぐちゃぐちゃだ……
ただ、もう会えないと思うと涙が出てくる。それだけははっきりしていた。
毛布をとって頭からすっぽりとかぶると、ぎゅっと目を閉じた。
早く明日になってほしいし、もう明日なんて来ないでほしい。
そんな矛盾だらけのことを考えていたら、そのまま眠ってしまったのだった…
次の日。
目が覚めると、すっかり日は昇っていた。
バイトもあるし何か食べなきゃと冷蔵庫をのぞいたけれど、何にも食べる気になれなくて…
母が冷凍しておいてくれたご飯をレンジで解凍して、お茶漬けにして食べた。
それから身支度をして家を出る。重い足を何とか動かして駅に向かうと、電車に乗った。
……今日は、会えるかな。
大学の講義は今日も休講になっていたが、世間はゴールデンウィークも終わって通常モードだ。
『7時15分の人』も、きっと仕事が始まっているだろう。
バイト先のコンビニに着いて、裏で準備をしていると、休憩に入ったらしい有野さんがやってきた。
「高瀬君、この前のバイトの日、あの人来た?」
「………いいえ、来ませんでした」
「そっか……高瀬君が休んでた昨日もおとといも、あの人は来なかったよ」
「………そうですか…」
……やっぱり、もう来ないのかもしれない。
僕が怒らせてしまったんだ。
「ちょうど、ゴールデンウィークだったしね。どこかに出かけてたのかもよ?今日は平日だし、また来てくれるかも」
「そうですね…そうだといいですが…」
駄目だ。
あの人のことを考えると、どうしても不安になる……また会えるなんて、ちっとも思えない…
思わず暗くなってしまった僕の背中を、有野さんはポンと叩いて言った。
「大丈夫!あの人は高瀬君のこと、嫌いになったりしないよ。ちゃんとまた会いに来るから!」
有野さんは確信をもった声と表情で、そう言い切った。
「……なんでそう言い切れるんですか?僕には少しもそう思えないんですけど…」
「そう?大丈夫だと思うよ。結構あの人、分かりやすいと思うんだけど……まあ、腐女子の勘を信じなさい!」
「───フジョシ?」
婦女子の勘?
女の勘ってこと?
………何だか古い言葉を使う人だなあ…
よくは分からないけれど、有野さんのその自信たっぷりな物言いに何だか安心して…
「───じゃあ、信じてみます」
「よし!がんばって!」
有野さんの励ましに背中を押されて、僕は店内へと入っていった。
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