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第9話
ゴールデンウィークも終わって学校や会社が再開したせいか、帰宅ラッシュにコンビニに寄って帰るお客さんが多い。あわただしく働いて、その波が少し落ち着いた頃、ちらりと壁にかかった時計を見ると、時刻は7時8分。
………あ、そろそろだ。
有野さんの励ましのおかげか、今日は来てくれるような気がして、いつも以上に気になって入り口を見てしまう。
やっぱり今日は来ないのかな……それとも来てくれるのかな…
……あと、3分……2分…………1分……
「──いらっしゃいませ、こんばんはー!」
入り口に近いレジを担当していた有野さんの挨拶する声。
思わず入り口に目を向けると──そこにいた。
『7時15分の人』が、久しぶりに来店していた。
思わず有野さんに目を向けると、彼女もこちらを見て笑ってくれた。
このあとどう動くのかは、目で追わなくても分かっているのに、今日はついつい見てしまう。
まずは、雑誌コーナーに行くと何冊か手にとって……でも買うことはない。そのままお酒やジュース類のケースの前を通って、お弁当のコーナーへ──という流れのはずだった。
「………あれ…?」
思わず疑問が声に出てしまった。
その人はジュース類の冷蔵ケースを開けて何か取り出すと、いつもは行かないお菓子コーナーへ。
そしてお弁当のコーナーには寄らず、まっすぐ僕のレジへやって来た。
「──いらっしゃいませ」
彼が僕に差し出したのは、ミネラルウォーターのペットボトルが1本とミントガム1個だった。
───今日は、煙草じゃないんだ…
それをどう捉えたらいいのか分からなくて……でも、その真意を尋ねるわけにもいかなくて…
僕は急いで商品をスキャンした。
「250円です」
すると彼は、いつものように500円硬貨を出した。
「500円お預かりしましたので、250円のお返しです。ありがとうございました!また、お越しください」
袋に入った商品とお釣りを受けとると、その人はちらりと僕を見て「ありがとう」と言いながらにっこり笑った。
「『吸いすぎると、身体によくない』からね。少しは健康に気を配ることにしたんだ」
そう言って、すたすたと去っていった……
「………ありがとうございましたー…」
───怒ってなかった。
また僕のレジに並んでくれて、いつもと同じ笑顔だった。
それどころか、僕の話を聞いて煙草をやめたのかも…!
久しぶりに会えたのが嬉しくて……僕の言葉をちゃんと受け止めてくれたのがうれしくて…!
やっぱり好きだなあ……と思った。
「よかったね、高瀬君。また来てくれてほっとしたね!」
「はい!」
隣のレジをうっていた有野さんが声をかけてくれた。それに返事をしているうちに、次のお客さんがやって来て…
「──いらっしゃいませ!」
いつもどおりに仕事をしながら、ふと気がついた。
………あれ?
さっき、僕、何を考えた?
あれ?あれ?
「ありがとうございましたー!」
僕のレジに並んでいたお客さんを見送って……で、思い出した。
………僕、今、「やっぱり好きだなあ」って思った…
そう考えると、今までの僕のぐるぐるとした気持ちや思考がすんなりと説明できて……鏡を見なくても、思わず顔が火照ってきたのが分かる。
「───嘘でしょ…?」
何でたった一人のお客さんにばかり、あんなにもこだわっていたのかが分かった。
気づいてしまえば、答えはシンプルなようで複雑で、複雑なようでやっぱりシンプル。
知らず知らずのうちに僕は、あの人のことを好きになっていたんだ……
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