54 / 105

第10話

バイトが終わって、ひとり家に帰る。 昨日と同じようにごろっとベッドに転がって……でも、昨日のように涙は出てこなかった。 むしろ、何だかすっきりとした気分だ。 これまで、何だかわからない感情に振り回されていたけれど、それが「好き」という気持ちだと名前がついた途端、すとんと胸に落ちるものがあった。 そっと目を閉じる。 すると、あの人の顔が浮かんできた。 僕が知っているのは、店内で見られる姿だけ。それからちょっと低めの声くらい。 でも、好き。 好きになってしまった。 名前すら知らない人だけど、おんなじ男だから振り向いてもらえないだろうけど……それでも好きなんだ。 「……ふふっ……はははっ……」 何でこの気持ちに気づかなかったんだろう。こんなに分かりやすい気持ちなのに。 馬鹿みたい。自分で、自分がおかしく思える。 ひとしきり笑って、ごろごろ転がって、くすぐったい感情が収まってきたところで……で、どうしよう。 好きだということは分かったけれど、このままではずっと、ただの店員と客の関係だ。そしてこの関係は、すごくもろい。それは今回、身に染みて分かった。 あの人が店に寄らなくなったらおしまいだから。 「……勇気、出してみようかな……」 今の関係から一歩でも前に進めるように、努力してみようか。 どうせずっとこのままだというのなら、距離を縮めてみようか。 それでうまくいかなかったのなら……ちょっとずるいけれど、バイトをやめてしまえばいいし。 接点が1つしかないことが、かえって僕の背中を押した。 「───よし!」 ベッドから勢いよく起き上がると、鞄の中のスケジュール帳を取り出す。 次のバイトの休みはいつだったかな…… 休みを確認しながら、僕は一人で計画を立て始めた。 ……今よりもっと、あの人のことを知りたい。 でも、今のままでは世間話をするのも難しい……あの人は買い物を済ませると、さっさと帰ってしまうし、僕だって仕事中だから。 だったら、休みの日に会えばいい。 この前みたいに、バイトの休みの日に待ってみよう……今度は向かい側の公園じゃなくて、ちゃんと店の横で。ちゃんと声をかけて…… そして、まずは名前を教えてもらおう。 で、僕の名前も覚えてもらうんだ! ───うまくいくかは分からないけれど、何だかあの人に近づけるような気がして、わくわくする気持ちを抑えきれなかった。

ともだちにシェアしよう!