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第10話
バイトが終わって、ひとり家に帰る。
昨日と同じようにごろっとベッドに転がって……でも、昨日のように涙は出てこなかった。
むしろ、何だかすっきりとした気分だ。
これまで、何だかわからない感情に振り回されていたけれど、それが「好き」という気持ちだと名前がついた途端、すとんと胸に落ちるものがあった。
そっと目を閉じる。
すると、あの人の顔が浮かんできた。
僕が知っているのは、店内で見られる姿だけ。それからちょっと低めの声くらい。
でも、好き。
好きになってしまった。
名前すら知らない人だけど、おんなじ男だから振り向いてもらえないだろうけど……それでも好きなんだ。
「……ふふっ……はははっ……」
何でこの気持ちに気づかなかったんだろう。こんなに分かりやすい気持ちなのに。
馬鹿みたい。自分で、自分がおかしく思える。
ひとしきり笑って、ごろごろ転がって、くすぐったい感情が収まってきたところで……で、どうしよう。
好きだということは分かったけれど、このままではずっと、ただの店員と客の関係だ。そしてこの関係は、すごくもろい。それは今回、身に染みて分かった。
あの人が店に寄らなくなったらおしまいだから。
「……勇気、出してみようかな……」
今の関係から一歩でも前に進めるように、努力してみようか。
どうせずっとこのままだというのなら、距離を縮めてみようか。
それでうまくいかなかったのなら……ちょっとずるいけれど、バイトをやめてしまえばいいし。
接点が1つしかないことが、かえって僕の背中を押した。
「───よし!」
ベッドから勢いよく起き上がると、鞄の中のスケジュール帳を取り出す。
次のバイトの休みはいつだったかな……
休みを確認しながら、僕は一人で計画を立て始めた。
……今よりもっと、あの人のことを知りたい。
でも、今のままでは世間話をするのも難しい……あの人は買い物を済ませると、さっさと帰ってしまうし、僕だって仕事中だから。
だったら、休みの日に会えばいい。
この前みたいに、バイトの休みの日に待ってみよう……今度は向かい側の公園じゃなくて、ちゃんと店の横で。ちゃんと声をかけて……
そして、まずは名前を教えてもらおう。
で、僕の名前も覚えてもらうんだ!
───うまくいくかは分からないけれど、何だかあの人に近づけるような気がして、わくわくする気持ちを抑えきれなかった。
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