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第14話
「───これって、どういうことなの?」
リビングのソファ前のテーブルに箱を置いて、二人向かい合った状態でラグに座る。
テーブルの上に箱の中身を出してみると……中に入っていたのはたくさんの煙草の箱だった。数えてはいないけれど、20個近くはあるんじゃないかな…
「この煙草、前に僕のレジで買ってたものと同じ銘柄だよね」
「………はい」
「クローゼットの奥にしまっていたってことは、僕に見られたくなかったってこと?」
「………はい」
9つも年上の啓吾さんが、僕の前で小さくなって、ご丁寧な返事をする。
……とってもすまなそうにしているから、こちらも悲しい気分になってくる。
僕には「煙草をやめた」と言ってたけれど、見てないところでこっそり吸っていたのかな……
別に吸っていたとしてもいいけれど、僕に隠れてこっそりなんて……僕には打ちあけられなかったのかな……
「……煙草ぐらい、気にしないのに……我慢させてしまって、ごめんなさい……」
ずっと僕のために我慢して、いや、させていたのだと思うと、胸が苦しい……僕なんかのために自分の好きなものを、我慢なんかしなくたってよかったのに…
何だか悲しくなって涙がにじんできた……すると、慌てたように啓吾さんが、僕の手を握ってくれた。
「いや!それは違うよ、悠希!俺は我慢なんかしてない───俺は出会ったときも今も、煙草は吸っていないんだ」
───へ?
「そんな、嘘でしょ?だって、あのときは毎日のように買いに来てたじゃない。だったらどうして、あんなに…」
「………ちゃんと説明する。ちゃんと説明するから、俺の言うこと、信じてくれる?」
啓吾さんは僕の手を握ったままの自分の手のひらに、ぐっと力をこめて僕を見た。
その真剣なまなざしに、有無を言わさぬものを感じて、僕は思わずうんと頷いてしまった。
すると啓吾さんは、僕の手から自分の手を離すと、ふぅっと大きく息を吐いた。
「……実はさ……俺が初めて悠希に会ったのは、あのコンビニなんかじゃないんだ」
「─────え?」
驚いた僕の様子に、啓吾さんは困ったような微笑みを浮かべると、続けて話し始めた……
「4月のはじめの頃にさ、俺、外回りをした後、職場に戻らず直帰したことがあるんだ。それで、いつもより早い時間に駅についたことがあって…」
「……うん」
「そのときさ、悠希を見かけたんだ……お金を落として困っているおばあさんを、助けたことあっただろ?俺、少し離れたところでそれを目撃してたんだ」
「え!?あのとき、駅にいたの?」
「うん。本当は手伝いたかったんだけど、ちょっと遠くて間に合わなかったから、申し訳なくて声がかけられなくて。でも、悠希がおばあさんと話しているのをずっと見てた……にっこり笑顔で優しく話している姿からさ、目が離せなくて……」
「えぇ!?」
「家に帰ってからも、なぜかその姿が頭から離れなくって……多分、もうそのときには好きになってたんだと思う」
「ええぇ!?う、嘘でしょ!」
「嘘なんかつかないよ……でもそのあと、何度駅を利用しても会うことはなくって。やっぱり声かければよかったって、後悔してたらさ……あのコンビニで再会できたんだ」
啓吾さんは何だか嬉しそうに笑って言った。
「いつも前を通るだけで、買い物することはほとんどないんだけど、たまたまその日は用があって──前の日にさ、サッカー日本代表の試合あってさ……で、その試合結果を後輩と賭けてたんだよ」
「え……啓吾さんって賭け事とかするんだ…」
「いや、別に現金とか賭けたわけじゃないから!───俺が買ったら生ビール一杯、後輩が買ったら煙草1箱おごることになってたんだ」
ん?
ってことは…
「……じゃあ、啓吾さんは賭けに負けちゃったの?」
「そう、残念ながら。だから後輩に渡す煙草を買いに店に寄った───でもいいんだ。そのおかげで悠希を見つけられたから。だけど……もう一度会えたのはいいけれど、悠希は店員、俺はただの客で……声なんてかけられないし、これじゃあ俺のことなんて、意識してもくれないだろうと思ったから……だから、何か印象に残ることをしなくちゃと思って」
「……だから、毎日同じ時間に来て…」
「……同じものを買ったんだ。店内を移動するルートも同じ、払う金額も同じなら記憶に残って気にしてくれるんじゃないかと思ったから───そんなことをして俺は、悠希を恋人にすることができたんだ。全然『運命』とかじゃない……あれは俺が考えた、計画的な出会いなんだよ……がっかりしただろ?」
……啓吾さんはそう言って、自分の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
下を向いた顔は見えにくいけれど、何だか苦しそうで……
確かに社会人の啓吾さんと学生の僕が普通に出会うなんて、難しいことだと思うし……コンビニでの恋のはじまりは、偶然のものではなかったのかもしれない。
……でも。
「がっかりなんてしないよ。だって啓吾さん、僕のこと好きになってくれたんでしょ?」
「それは……もちろん」
「好きになったから、僕と出会えるように頑張ってくれたんでしょ?……なら、僕は嬉しいよ。だって、啓吾さんが僕のこと、あきらめてしまっていたなら、僕は啓吾さんに気づけなかったかもしれない……そのほうが嫌だよ」
だって僕はもう、啓吾さんのいない人生なんて考えられないし……啓吾さんのこと、大好きなんだもん。
それに、そんなに一生懸命になって僕を望んでくれたことが、やっぱり嬉しいし!
「この煙草、もういらないなら、僕が引き取ってもいい?」
そんな提案してみると、啓吾さんはちょっと驚いた顔。
「……え?……悠希、煙草吸うの?」
「ううん、僕が吸うんじゃなくて、友達。ここにたくさん置いてあっても、もったいないでしょ?大学の友達には煙草を吸う人もいるから、みんなに分けるよ……だけど、1箱だけ僕がもらってもいい?」
「もらってどうするの?」
「とっておく。だって、この煙草のおかげで、僕は啓吾さんに会えたから……自分は吸わなくても、一つくらい持っておきたいんだ」
記念品……みたいな?
せっかくだから、大事に持っていたい……これは啓吾さんが僕と親しくなるために、頑張ってくれた証しだから。
「……そうか。じゃあ、俺も一つは持っておこう。これを買いに行かなけば、悠希とは出会えなかったかもしれなかったからね」
そって手を伸ばして1箱とった啓吾さんの顔は、何だかとっても幸せな顔をしていた。
「───そうだ、お茶いれたところだったんだ。もう一度、いれ直そうか……悠希も手伝ってくれる?」
「あ……はい!」
───ということで、煙草を全く吸わないはずの僕たちは、こうしてそれぞれ1箱ずつの煙草を大事にもつことになったのだった。
end
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