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もうひとつのジングルベる 第1話

田中と話している間に、駅に着いた。 俺たちの乗る電車は別々だから、改札を通るとそれぞれのホームへ向かうことになる。 別れ際、田中の肩をぽんと握りこぶしで突くと、最後に一言、言ってやった。 「……お前ら二人のことだから、俺はもう、これ以上は何も言えないけど……後悔するくらいなら、ちゃんと動けよ、田中……じゃ、メリークリスマス!」 鈍感な男にいくら言葉を並べてみても、俺の助言なんかじゃ心は動かないのだろう。 だが、こんな鈍感でも、恋人を想う気持ちはちゃんともっているんだ……そのうち自分の考えの寂しさに、気づくと期待したいところだが。 俺は片手をあげると鈍感男に別れを告げ、いつものホームへと急いだ。 いつまでも田中に付き合ってやることはできない。 俺だって今夜は、動かなければならないから。 ───やっと取り戻すことのできた恋人と過ごす、特別なクリスマスが待っているのだ。 ホームに降りると電車はまだ来ていなかった。次の電車の到着を待つ人々で、辺りは賑わっている。 これからパーティらしき大学生くらいの集団や、ケーキの箱を抱えた男性。ホームの隅には手をつないでいる恋人たちもいる。みんなそれぞれのクリスマスを楽しむのだろう。 悠希もこの人たちと同じように、今夜を楽しみにしてくれているといいのだが……正直なところ、少し不安だ。 なぜなら俺は、去年、失敗しているからだ。 二人で過ごした初めてのクリスマス。 大切な恋人をどう喜ばせたらいいのか……いろいろ考えた俺は、ちょっと高めのレストランを予約して悠希をデートに誘った。 フルコースを堪能した後は自分の家に連れて帰ると、甘いものが好きな悠希のために準備しておいたケーキを振る舞った。職場の女の子たちにリサーチして薦められるまま注文したケーキは、スポンジ生地の上にの3種類のチョコレートムースの層が重なっており、その上からビターチョコレートでコーティングされた、大人好みのケーキだった。 それから準備したプレゼントを渡して、悠希からもプレゼントをもらって……そのまま二人で朝を迎えた。 俺としては計画したとおりのクリスマスを過ごせたのだが、正直、悠希にとってはどうだったのだろうか…… 悠希と別れて一人で過ごした1ヶ月……どうして恋人に「つらい」と言われてしまったのか、何度も何度も考えた。 考えて、考えて、ようやく達した結論は──『悠希は俺に合わせようと、ずっと我慢をしていた』だった。 思えばどこか、言いたいことをすべて飲み込んで、無理して笑っているような気がしていた。 そう言えば、俺が薦めるものを拒んだことは一度もなかったし。あれがしたい、これがしたいという希望だって、だんだん言わなくなっていったような気もする。 あのクリスマスだってそうだ。 自分が悠希と同じ年だったとして、堅苦しいフルコースを目の前に、本当に食事を楽しめただろうか。 甘いものが大好きな悠希は、甘さがおさえられたビターなあのケーキを、心からおいしいと思っていたのだろうか。 それに、あげたプレゼントだってそうだ。「こんな高いもの、自分には似合わない気がする……」と言ってたが、実際、それから一度として使っているところを見たことがなかった。 ただでさえ年が離れていて、折り合いがつかないことも多かったのだろう。だからこそ、自分の価値観を押し付けてはいけない。ちゃんと二人の意見を、考えを、すり合わせていかなければならなかったんだ。 すべてを失ってようやくそんなことに気づけた頃、悠希は俺のところに帰ってきてくれた。 最後の最後に押し付けてしまった指輪も、今では悠希の指におさまっている。 一方の俺はというと、何もしていない。 何の努力もせず、くすぶっていただけだった。 散々無理をさせて散々傷つけた俺を、あの子がもう一度選んでくれたのは奇跡なんだ。 だから、今年のクリスマスは特別だ。 ダメな俺にもう一度与えられたチャンス──今度こそ、悠希も俺も幸せに過ごせるクリスマスにしたい。悠希にとって最高のサンタに、今年こそ俺はなりたいんだ。

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