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第3話
悠希が目を覚ましたのは、早炊きにしたご飯が炊けて、夕べの残りの味噌汁を温めなおしているときだった。
ぱたぱたとスリッパの音が鳴って、こちらに向かってくるのが分かる。
「───悠希、おは……」
───ぼふっ。
……『おはよう』を最後まで言う間もなく、悠希が背中に抱きついてきた。
「……啓吾さん、ここにいた……」
寝起きのせいか、少しかすれた声。
そのまま頬っぺたをすりすりと擦り付ける。まるでマーキングするみたいに。
寝惚けてるときの悠希は甘えんぼ度と寂しがり度が急上昇する……これも、あの1ヶ月の出来事があってからの変化だ。
不安にさせたせいかなと、いたたまれない気持ちになったこともあったが……まあ、これも遠慮がなくなったからだと考えることもできるし、何よりかわいいのでよいのだと、今は思ってる。
「もう、ご飯ができるよ。ちゃんとここにいるから、顔を洗っておいで」
「………うん」
返事は素直だが、ぎゅっと抱きついた手の力は緩まない。まだ、満たされないのかもしれない。
顔を洗ってしまえば完全に目が覚めて、こんな姿は見れなくなる。
なんだかそれももったいないことようにも思えるし、もう少しこのままでもいいのだが……そうも言ってはいられない。せっかくの朝食が冷めてしまう。
「………悠希。待ってるから、行っておいで」
もう1度うながすと、「……うん」と返事をして、洗面所へ向かった。
顔を洗って覚醒した悠希は、さすがにもうべたべたすることもなく、着替えてリビングへと入っていった。
さあ、気づくかな。
わくわくする気持ちを押さえてご飯をよそっていると、悠希がキッチンに戻ってきたが……
───あれ?
……特に何も尋ねてこない。
気づかなかったのかな?窓には近づかなかったのか?
いつもの席に座ると「いただきます!」と挨拶をしておいしそうに朝食を食べる悠希に、プレゼントに気づいたかなんて聞けず……そのまま自分も箸を手に取る。
何だか肩透かしを食らった感じだが、少し気にはなっているのか、食事中にリビングの方を見ては不思議そうな顔をしている。
うん……何となくだが、変化を感じているのかもしれない。
朝食を食べ終わって、二人で片付けをして……お茶をいれる間、先に移動した悠希の様子をそっと伺う。
リビングに入ると部屋の中をきょろきょろと見渡し、ぴたっと窓側で足を止めた。目線の先は当然、新しいラグだ。
よし、気づいたな。
ぱぁっと顔をほころばせて、こちらへやって来るのを待っているが…
───ん?
いつまで待っても悠希はやって来ない……それどころか微動だにしない。
じっと床を見て固まっている。
どうした?気に入らなかった?
何も反応がないのがじわりじわりと苦しくなってきて……
「──悠希、お湯が沸いたから温かいものでも飲もう」
とうとう我慢できずに、悠希をこちらへ呼ぶ。
「……………はーい」
いつもとは違うどこか気のない返事に、何だか胸がざわざわした……
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