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第4話
それから……
散歩から帰って、昼食を食べ終わった頃には、自分のしていることをすっかり後悔しはじめていた。
黙っておいて、プレゼントに喜ぶ姿を楽しもうだなんて、やめておけばよかった……
あんなにかわいくおねだりをして、行きたいと言っていた散歩の間も、悠希はどこか上の空で……手をつなごうと差し出した手に気づくこともなかった。
あれは悠希へのプレゼントで、サプライズのつもりだったんだと何度か言おうとしたが、こんなにも反応がないと、かえって本当のことを言いにくく……
結局、はっきりさせないまま昼食を食べ終えてしまった。
昼食のあと、いつもなら悠希はひなたぼっこ。俺はソファで雑誌でも読むところだが、今日は二人とも違う行動。
悠希は所在なさげに、新しいラグの横にちょこんと座り、俺は俺でそんな悠希の側にいられなくてキッチンのテーブルで持ち帰った仕事をする……ふりをした。
本来なら自分が座っているはずの場所をとられ、かといってそれについて聞くこともできず、落ち着かない様子でちらちらとラグを見る。こんな姿が見たかったわけではないのに……
悠希が帰ったら、ラグもクッションも片付けよう……
そう決めたときだった。
─────あ、まずい。
ふと目を向けると、悠希は自分で自分の体を抱きしめながら、小さく震えていた。
自分のしたことがどれ程悠希の心をかき乱したのか……どう誤解させたのかは分からないが、明らかに悠希の気持ちは、地の底まで落ちている。
両方の手で目もとをごしごしと擦りだした。
……ああ、とうとう泣かしてしまった。
違う。
違うんだ、悠希。
決して傷つけたかったわけじゃない。
ただ、笑顔が見たかっただけなんだ!
慌てて椅子から立ち上がり、名前を呼ぼうとしたそのときだった。
目を擦っていた左手をじっと見つめる。
左手を───いや、俺が渡した指輪をじっと見つめている。
今度は右手の人差し指で撫で、左手を持ち上げてかざすと、日の光を受けてきらりと輝くのがここからでも分かった。
───そうだ。その指輪は悠希のものだよ。
俺が悠希を愛してる証だ。
絶対裏切ったり、傷つけたりしないって、心に誓って渡したんだ。
大丈夫だから、自信をもってくれよ……
すると悠希は指輪に向かって、小さく……でも確かに頷いた。
それと同時に、悠希の纏っていた悲壮な空気がすっとやわらいだ気がした。
……ふぅーっと息をはいて、椅子に腰を下ろした。
とりあえず、今は一先ず大丈夫だろう……
これも指輪のおかげだな……
無理矢理渡したときも、離れて過ごしている間も、あんなものを渡して迷惑だったろうと……ただのエゴでしかなかったと思って、後悔ばかりしていた。
だが、この指輪が今の悠希にとって、何かしらの支えにはなっているようだ。
そのことを、今まさに目の当たりにした。
後悔したことはあったけど、渡したのは間違いではなかったようだ。
……指輪様サマだよ、ほんと。
ほっと安堵して気を抜いたのも束の間、次第に悠希の纏っている空気がまた変化してきた……
今度は寂しげな雰囲気というよりも……なんと言うか…そのー…怒ってる?
例えるならば、猫が毛を逆立てて威嚇するみたいな…?
しばらく黄色のクッションを睨んだかと思うと…
────ぼふっ!
突然、黄色のクッションをグーで殴った。
「─────っ!」
思わず声が漏れそうになって、慌てて右手で口を押さえる。
そんなこちらの様子に気づくこともなく、続けざまに悠希はクッションを殴る、殴る。
「─────っ!!」
口を押さえた手に、さらに力を込めた。
……そうでもしないともう、笑ってしまうところだったから。
何だ、その猫パンチ!かわいすぎるだろ!
本人はいたって真剣なようので、笑っているところを見られたら絶対嫌われる……間違いない。
必死で笑いを堪えていると……
ポコポコと……ボコボコではなくポコポコと、ひとしきり猫パンチをお見舞いしたあと……
「………気持ちいい」
悠希はぽつりと呟いた。
ちらっとこちらの様子を伺う気配に、慌ててカムフラージュで出してあったノートパソコンをいじっているふりをする。
───しばらく、意識をパソコンに向けて集中していると…
「………ふわぁ」
いかにも気持ちよさげな、悠希のかわいい声が聞こえてきた。
おお?
気づかれないようにそっと様子を伺うと、悠希はクッションに顔をうずめていた。
……いいぞ、いいぞ。触り心地は抜群なはずだ。
抱きしめていると、だんだん眠くなってきたようで……ふわわとあくびをした。
それからそのままずるずると寝そべると、クッションを抱いたままラグの上で丸くなった…
寝てしまったのか…?
そうっとそっと、足音を立てないように歩いて悠希の横にしゃがむと、寝顔を覗く。
抱きしめたクッションに半分顔をうずめた悠希は、うとうとしていてもう目を閉じてしまっている。
クッションを抱いたまま丸まって、横向きで眠っている悠希があまりにかわいくて、思わずふっと笑ってしまう。
髪を撫でても身動きもしないので、そのままこめかみにキスをした。
気持ちよさそうに眠る悠希の姿は、店で想像していたものと同じで……
「………やっぱり、買ってきて正解だったな」
いろいろうまくいかなくて焦ってしまったが、何とか目標は達成できたようだ。
悠希が真ん中より端に寝ているおかげで、背中側にスペースが空いている。そこに自分も転がると、後ろから悠希をぎゅっと抱きしめた。
あー…、ぽかぽかして気持ちいい…
たまにはこうして、二人でごろごろするのもいいな。
なんと言えばいいか……そう、幸せだって実感できる。
悠希が目を覚ましたら、プレゼントのことをちゃんと話そう。本当のことを知れば、きっと喜んで笑顔を返してくれるはずだ。
それまではしばらく、夢の中の悠希とデートでもするかな……
では、おやすみなさい。
end
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