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第2話
駅から10分の道を歩き、ようやく家にたどり着く。
いつもだったら何でもない道も、疲れた体にはやけに堪える。
……明日はもう、会社に泊まり込んでしまおうか……帰るのも面倒だし……でも、そうすると風呂に入れなくなるしなあ……
そんなどうでもいいことを考えながら鍵を解錠しドアを開けると……
「────あれ?」
朝はついていなかったはずの玄関のライトがついていた。
……消し忘れたのか?……朝急いでたし。
不思議に思いつつ玄関に入ると、三和土に見なれた……でも、自分のものではない靴を見つけた。
とたん、胸の鼓動が大きくなる。
これは夢だろうか……いや、目はちゃんと覚めている。
ならば……
「………悠希、来てるの?」
もしかして、会いに来てくれたのか?
靴を脱ぐのももどかしいくらい急ぎつつ、慌てて部屋に向かう。
キッチンのドアを開けると、暗い廊下に明かりが漏れ出る。
その明かりの中には……
「───悠希」
……ダイニングテーブルに顔を伏せた状態で、会いたくて会いたくて仕方なかった恋人が座っていた……
「悠希」
声をかけるが、ぴくりとも動かない……耳をすましてみると、すーすーとかわいらしい寝息が聞こえる。
椅子に腰かけた状態だというのに、悠希はぐっすりと寝入ってしまっていた。
つい眠ってしまうくらい、ずっと、待っていたのだろうか?
よく見ると、テーブルの上には茶碗にお碗に箸……それから、ラップに包まれた皿のなかにはおかずが盛られている。
ガスレンジを見れば鍋がのっかっていて、炊飯器には何週間ぶりだろうか……電源が入っていた。
……そうか、夕飯を作ってくれたんだな。
料理は苦手だといって、いつもはあまりしたがらないのに、今日はわざわざ作りに来てくれたんだ。
なれない料理なんかして……だからすっかり疲れはてて、眠ってしまったのかもしれない。
───俺のために、頑張ってくれたんだ。
そう思うと胸がぽかぽか温かくなって、いつものかわいい寝顔が、さらにかわいらしく見えてくる。
会えるようになったら連絡してくれといいながら、自分から会いに来てくれたのも嬉しいし。
……きっと今、すごーくだらしない、デレデレした顔をしている。
こんな顔を、悠希に見せるわけにはいかない。
深く深呼吸。目を閉じて心を落ち着かせ、顔の緩みを押さえると、眠っている悠希の肩を揺する。
「悠希、起きて。帰ってきたよ」
数回揺らしたところで「……うーん……」という眠そうな声が聞こえ、体をもぞもぞと動かした。
右手で目を擦りながら起き上がると、ようやく目があった。
「………啓吾…さん……」
半分寝ぼけているかもしれないけれど、ぱぁっと花が開くように笑顔が溢れだして、自分の恋人だというのにドキドキする。
ああ、やっぱり好きだなあ……と実感していると。
「───あっ!」
悠希は悲鳴のような声をあげて、椅子から立ち上がった。
「…………悠希?」
……一歩後ろに下がったかと思うと、顔は真っ青になり、みるみるうちに目には涙がたまりだしたのだった。
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