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第3話

「──ご、ごめんなさい!僕、帰ります!」 涙目のままテーブルの下からバッグを掴むと、横をすり抜けて帰ろうとする。 が、せっかく会えたのに、このまま帰すわけにはいかない。咄嗟に腕を掴んでひきとめた。 「──どうして帰るの?」 「……………」 返事はないし、こちらも見ない。 手を振りほどこうともがいているが、そうはさせない。 「もう終電は行っちゃったよ。帰れないと思うけど?」 ぴたっと動きが止まったかと思うと、しばらくの沈黙。 「………タクシー…で、帰ります…」 悠希は下を向いたまま、消えてしまいそうな声で言った。 「わざわざ?お金もかかるのに?」 「………じゃ、歩き…ます……」 「こんな時間に!?恋人を一人で歩かせるわけないだろ!」 「僕、男だし、平気です……」 「男とか女とか、関係ないよ!何時だと思ってるんだ!危ない目にあったらどうするんだよ!」 頑なな返事に、思わず声を荒げてしまった……男だから大丈夫なんて、楽観的すぎる。 ヤンチャな奴等に絡まれて、怖い思いをすることだってあるかもしれないし。それに、世の中どんな奴がいるかも分からないんだから、男でも……乱暴されることがあるかもしれない。 そんなことを考えたら、恋人に一人で夜道を帰らせるなんてできない。できるはずない。 「……………」 「泊まっていけばいいことでしょ?何でそんなに帰ろうとするの?」 それが一番簡単で安全な……お互いにとっていい方法だと思うのだが…… 「それはダメ!……泊まるのはダメです!」 さっきまでは言葉を濁して話していたのに、今度はきっぱりと言い切った。 ───泊まりたくないというのははっきりしているようだ。 「……分かった。じゃあ、車で送るよ」 こちらとしては当然、一緒にいて欲しいのだが……悠希の心は変わらない。 それなら……と、妥協点を示してみたのだが、これもまた、首を横に振ってしまった…… 妥協したつもりだったのに、それも断られてしまった…… ───なんでこんなにゆずらないんだ? 会った早々帰ると言い出すし……泊まるのも送られるのも拒否するし……何がしたいのかさっぱり分からない。 姿を見つけたときはあんなに嬉しかったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう…… はぁ…と思わずため息をつくと、びくりと悠希の肩が震える。 そのしぐさがまた切なくて、見ていられなくて、目をそらしてしまった…… そらした目線の先……さっきまで悠希が眠っていたテーブルに目が止まった。 ……そこには『啓吾さんへ』からはじまる手紙が、書きかけのまま置かれていた。 ───ああ、なんだ……そういうことか。 それを見て、なぜこんなにも気持ちが行き違うのか、理由が分かった。 「───俺に会いに来てくれたんじゃ、なかったんだ」 置き手紙を残したら、そのまま帰るつもりだったんだ…… たまたま居眠りをしてしまったからこうして会っているだけで、最初から俺に会うつもりはなかったってことか。 ……それなら、予定が狂ってしまってパニックになるのも分かるよ。 つまり…… 「……会いたかったのは、俺だけか……」 なんだ。 寂しかったのも、会いたかったのも、俺だけだったのか…… 笑顔が見たかったのも、俺だけだったのか…… 勝手に勘違いして、勝手に盛り上がって、勝手に怒って…… 何て情けない奴なんだ、俺。 一人で空回りして……馬鹿みたいだ。

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