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第4話

「………啓吾さん、大丈夫?」 売店で買ってきたペットボトルのお茶を差し出すと、啓吾さんは力の入らない手で受け取った。 遊園地に入ってから2時間半。 ずっと僕に付き合って絶叫マシーンに乗ってくれた啓吾さんだったが、とうとう気分が悪くなってしまい、今はベンチにもたれてぐったりしている。 冷たいお茶をぐびぐびと飲み、はーっと息をはくと、啓吾さんは力のない声で言った。 「………ごめんな、悠希。もうちょっと休んだら復活するから……」 そう言ってくれるけど……啓吾さんの顔色は変わらず、よくない。 木陰のベンチに座って様子をみているが、もうしばらく休んだほうがよさそうだ。 「僕のほうこそ、ごめんなさい。付き合わせてしまって……」 絶叫マシーンの好きな自分のペースでアトラクションのはしごしていたら、啓吾さんの変化に気づけなかった。 ちゃんと相手のことを考えてあげられないなんて……恋人失格だ。 「ちょっと休めば平気だよ。久しぶりすぎて体がついていけなかったのかも……子どもの頃は平気だったのになあ……」 啓吾さんは自分のせいみたいに言うけど……啓吾さんは何にも悪くない。 「せっかく遊園地に来たんだし、何か乗っておいでよ。俺はここで休んどくから」 もったいないからさ、と啓吾さんはすすめてくれた。 「…………うん」 返事はするけれど動くことはせず、啓吾さんの横に座ったまま。ぼんやりと行き交う人を眺める。 「………………」 「………………」 「………………」 「………………」 「………行かないの?」 しばらくの沈黙の後、啓吾さんが問いかけてきた。 「…………うん」 そう返事を返すと、啓吾さんは僕を気遣う声で続ける。 「別にいいんだよ、一人で乗りに行って。あんなに楽しみにしていたんだから、満喫しなきゃ」 ……やっぱり啓吾さんは優しい。 僕のことを大事に思ってくれているのはよく分かっている。だから、こんなことも言ってくれるんだ。 でも……せっかく一日一緒にいられるのに別々に行動するのはいやだなあ…… 乗り物に乗ることができなくても、こうして横にいるだけで僕は嬉しいんだけど…… ───あ。 でも、もしかして僕が横にいたらゆっくり休めないのかも。 隣に人がいれば、気をつかっちゃうし……早く良くならなきゃって、落ち着かないのかもしれない。 だったら僕がいなくなったほうが、啓吾さんにとってはいいよね。 ………本当はちょっと寂しいけれど、一人で乗ってこよう。 「………じゃあ僕、うえっ?」 『行ってきます』と言おうとしたのだけど、最後まで言い終わる前に、啓吾さんが僕のほっぺをふにふにとつまんだ。 「……また、変なこと考えてるだろ」 「変なこと?………そんなこと考えてない…よ?」 そう言ったんだけど……啓吾さんは困った顔。 「………あのさあ、もう悠希の顔を見てるだけで、何を考えているのか、たいてい分かるよ……自分がいたら邪魔になるかも、と思ってるだろ」 ───う、正解。 何で分かったんだろう。 「やっぱりか」 やれやれといった声で啓吾さんは頭を抱えた。 「あのさあ……悠希が嬉しそうにしているところが見たくて、俺はデートに誘ったの。我慢させたいわけでも、無理させたいわけでもないよ。この場合は、かわいくおねだりしてくれたほうが正解です」 か、かわいく!?おねだり!? 「じゃあ、おねだりどうぞ」 啓吾さんにうながされて……どうしようと思ったけれど、僕を見る啓吾さんの目は優しいし、それに今日はお礼だと言っていたし……たまには甘えてみよう。 「……一人で乗り物に乗るのは寂しいし、啓吾さんと一緒にいたいから……ここで啓吾さんが元気になるの、待っていたい…です」 思っていることを話してみると……啓吾さんは「よくできました」と頭を撫でてくれ、それからパークの地図を取り出した。 「じゃあ、もうしばらく休んで落ち着いたら、まずはこっちのエリアで昼ご飯を食べようか。そのあと昼からは、おとなしめのアトラクションもまぜながら残りをまわっていこう……どう?」 「うん!」 嬉しくなって、思わず大きな声で返事をしたら、何だか啓吾さんもとっても嬉しそうな顔になっていた。

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