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隠れる 第1話

それは、ある日のこと。 「あ、あれ。あれが啓吾さんの住むマンションだよ」 電車の車窓から遠くに見える茶色の建物を指さして、隣に並ぶ二人に教える。 同じ電車に乗っているのは友人の貴志と、その彼女の梨花ちゃん。先週末に僕は、恋人である啓吾さんとその友達と4人で旅行に出かけたので、そのお土産を梨花ちゃんのお母さんに届けに行くところだった。 梨花ちゃんのお母さんの百合子さんはとっても料理上手なので、僕はときどき料理を教えてもらっている。そのお礼にちょっとしたお菓子を買ってきたんだ。 どれどれと外の景色に目を向けた二人は、なぜかお互いに顔を見合わせて怪訝な表情…あれ?僕、何かおかしいこと言ったかな…? 「高瀬君、本当にあそこが啓吾さんの家なの?」 「うん、そうだよ」 「えーと…啓吾さんって、とってもとっても年上の人?」 「とってもって…29だけど、それがどうかしたの?」 「どうっていうか…うーん…あのマンションには、最近引っ越したとか?」 「そんなことないよ。啓吾さんは僕と出会った2年前には、もうあそこに住んでたよ」 僕の返事を聞いた二人は、また顔を見合わせた。 ……何?何だろう…すごく気になって、もやもやするんだけど… そんな僕の様子に気づいたのか、今度は貴志が話し始めた。 「あのさ。あのマンションって分譲マンションだろ?20代でマンション買うって、珍しいんじゃないかと思ってさ」 え? マンションを買う? 「啓吾さんはあの部屋、借りてるんだと思うけど…」 「そうなの?じゃあ、買ったマンションに住めなくなった人の部屋を借りてるのかなあ」 「かもな。建ってから10年は経ってるはずだしな」 「なんで二人はそんなこと知ってるの?」 「何でって…俺たち、ここが地元だろ?小さい頃の記憶なんだけどさ。あのマンションができて、売り出してるときだったんだろうな。アドバルーンが浮かんでた覚えがあるんだ」 「そうそう!めずらしかったからね。『あの大きな風船は何?』ってお母さんに聞いたら『あのマンションを買う人いませんか?っていう印なのよ』って教えてくれたんだ」 「…ふーん…」 そんなことを話している間にも電車は進み、あっという間に啓吾さんの家は見えなくなってしまった。 それから二人と一緒に梨花ちゃんの家を訪ねて。百合子さんも加えた4人で話をしているうちに、二人が教えてくれた家の話は、すっかり僕の頭の中から消え去ってしまったのだった。 ……けれど。 「──は?急に何でそういう話になるんだ?」 「……………?」 「いや、確かに家にはいるけど──こっちにはこっちの予定があるんだし。困るよ」 「……………」 「だから、せめて前日には連絡をしてくれないとさ!──え?今どこだよ?」 「……………」 「3分って!いや、そうじゃないけど!非常識だろ――って、おい!聞いてんの!?」 「……………」 「愛里!?愛里!?……………切れてる」 通話の切れた携帯電話を見ながら、啓吾さんが呆然とつぶやいた。僕はそれを、クッションを抱えながらじっと見ている。しばらくの沈黙の後、ぱちりとスイッチが入ったかのように、啓吾さんが僕を見て言った。 「───あと三分で、愛里がここにくるって」 今日はゴールデンウィーク初日。祝日で僕も啓吾さんもお休みだから、昨日の夜のバイトが終わってからそのまま、家には帰らずに啓吾さんの部屋にやって来た。 今日は一日のんびりしようと、リビングで一緒にごろごろ。おしゃべりしたり、ときどきキスをしたり……まったりとした時間を過ごしていたところ、啓吾さんの携帯が鳴ったんだ。 電話の相手は愛里さん……啓吾さんの従妹だ。僕はまだ直接会ったことはないけれど、ガラス越しに見かけたことはある、色白のほっそりとした美人さん。 じゃあ、初めましてのご挨拶をしなくちゃなって立ちあがったら、啓吾さんは困ったように頭をかいてぶつぶつ何かをつぶやいている。 それからようやく僕のほうを見ると、有無を言わさぬ声で言った。 「ごめん、悠希。今日は帰って」

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