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第3話

薄手のレースのカーテンから差し込む光が板張りの床を照らすけれど、そこには何も置かれていない。空っぽだ。空っぽの部屋。 いや、違う。 よく見たら、横の壁に後から据え付けたのであろう棚があって、その上にダークブラウンの箱が置かれていた。箱というより、タンスみたいな…観音開きの扉が開いたままになっていた。 「……開けっ放し…」 啓吾さんがしめ忘れたのかもしれない。寝室のクローゼットはいつもきちんと整理されているのに…それが何だか気になって、閉めてあげようかと棚まで歩く。 「─────あ……」 開かれたままの扉の中を見て、僕は頭の中が真っ白になった。 真っ白になって…でも、これは勝手に見てはいけないものだってことは分かって…そしたら急に息苦しくなって…もう一度ドアの方へ戻った。 耳を押し当てても声はしない。今なら平気かもしれない。 そっとドアを開けると廊下には誰もいなかった。キッチンのドアもちゃんと閉まっている。 スパイにでもなった気分で足音を殺しながら玄関に向かうと、靴を履かずにドアを開けて外に出る。音がしないようにそっとドアを閉めると、急いでエレベーターへ。愛里さんが乗ったきりだったのだろう…カゴはそのまま6階で止まっていたので、ボタンを押したらすぐに開いた。 閉ボタンを押しながら靴を履いて…5階、4階、3階、2階。1階に降りてエントランスから外に出たところで、ようやくほっと息を吐いた。 そのまま駅に向かって歩き出したけれど、頭の中はさっき見てしまったもののことでいっぱいで…啓吾さんから電話がかかっていたことにも、僕はちっとも気づかなかった。 ───棚の中には三つ並んで、黒い位牌が収められていたんだ。 電車に乗ってまっすぐ家に帰ると、バッグを床に放り投げてベッドに飛び込んだ。 今日一日、いろんなことがありすぎて、正直、頭の中はパンク寸前だった。 啓吾さんが僕のことをどう思っているのか、改めて考えさせられたし…それより何よりあの部屋だ。 棚に並んでいたのは位牌だった。しかも3つも。ということは、あのシンプルな棚は今風の仏壇ということなのだろうか… 啓吾さんのような、一人暮らしをする若い男性の家に仏壇がある風景って、めずらしいというか…何だか違和感を感じてしまうのは、おかしいのかな… 僕の実家には仏壇がなくて、おじいちゃんの位牌は近くに住むおばあちゃんの家の仏壇に置かれている。 一人暮らしをしている友人の家で飲み会を開いたことがあるけれど、仏壇のある部屋に住むヤツは一人もいないし。 …それにあの3人分の位牌は、一体誰のものなんだろう。 うつ伏せだった身体をごろっと仰向けにして天井をじっと見る。 わざわざ仏壇を用意して位牌を置くのだから、きっとそれは特別な人の…とっても大切な人のものなのかもしれない。 とっても大切な人って…誰なんだろう。 「……………うー…」 いくら考えても分からないや…そういえば啓吾さんは、あんまり自分の昔の話はしないから。 家族のことも学生時代のことも、ほとんど話してくれない。そういうの、話すのはいつも僕だけだ。 どうして話さないのかな…僕には話したくないのかな…僕に話すなんて、意味ないって思ってるのかな… うん…そうなのかもしれない。 愛里さんにだって見せられない恋人だもの…何もかもすべて共有しようだなんて、思うはずがないか… こうして一人でいるとどんどん思考はマイナスに落ちていくようで…いつものおまじないで指輪をくるくると回してみる。啓吾さんが僕にくれた、大切な宝物の指輪。 それでもやっぱり、僕は恋人なんだから… まだ、指輪を返せとは言われてないんだから… 「……大丈夫……大丈夫……」 まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいていると、だんだん眠くなってきて…慌てて家まで帰ってきたし、ドキドキしすぎて疲れちゃったから… 気づいたらベッドの上に仰向けになって、眠ってしまっていた。

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