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第4話

うつらうつらと夢の中を漂っていると、何だか物音がした。 「………うー……何……?」 まだ眠り足りない重い身体を無理に起こして音のするほうをうかがう。ガチャガチャという金属音と、耳障りなインターフォンの音と……誰か、来たの? 玄関先でこんな音を立てられたら近所迷惑だ。無視してしまいたいけれどそうもいかなくて、仕方なく足を音のする方へと向ける。 ドアノブへと手を伸ばしかけたとき、カチャリという開錠の音とともに、ドアが勢いよく開いた。 「悠希!!」 「えっ?」 聞き慣れた声と一緒に玄関へと滑りこんできた影は、そのまま僕の身体をぎゅっと抱きしめた。 その身体は少し汗ばんでいて、重なった部分から伝わる鼓動はいつもよりずっと速くて。 「……………啓吾…さん?」 「ごめん。合鍵使って勝手に入った」 …それは、全然気にしない。だって、そのために渡した鍵なんだし。 「……愛里を何とか帰して、悠希に入ってもらってた部屋のドアを開けて……心臓が止まるかと思った」 「そんな、大げさな…」 「悠希がいなくなってて。改めて自分がしたことを考えたら、悠希を傷つけるような行動だったって……情けないけど、ようやく気づいて……ここにくるまで気が気じゃなかった。また、悠希を失ったならどうしようって」 「……………」 「ここにいてくれてよかった……ちゃんと会えてよかった……」 「……………」 僕の耳に、啓吾さんが安堵して息をつく音が聞こえた。 どれだけ焦って僕を追ってきてくれたのかは、その体温と心音と溢れ出す言葉でちゃんと伝わった。 僕は啓吾さんに大事に思ってもらえてる。それは間違いではなかったようだ。 じゃあ、どうして僕は隠れなくちゃいけなかったのか…あの部屋にあったものは何だったのか…分からないことはまだいくつもあったけれど、啓吾さんの腕に抱かれているだけでほっとして…そっと目をつむったら、さっきとは違う涙がぽろりとこぼれ落ちた。 「別に、悠希を紹介したくないわけじゃないんだ」 上がってもらった僕の部屋は学生が住むのにふさわしいこじんまりとしたワンルームのアパートで、ベッドの隣に辛うじて置いている小さなテーブルに二人向かい合って座った。 啓吾さんはコーヒー派だけれど、僕は苦手だから家には置いてなくて。しかたなく出した緑茶を一口飲んで、啓吾さんは話し始めた。 「『悠希だから嫌』じゃなくて、紹介する相手が『愛里だから嫌』が正解というか……」 「『愛里さんだから』って、どうして?」 「どうしてって…」 「……………?」 「だって…従兄の俺が言うのも変だけど、愛里はさ。可愛くてモテるタイプなんだよ」 「それは分かるよ。ちらっとしか見てないけど、綺麗な人だよね」 「……………」 「……………?」 啓吾さんの言葉を肯定したら、啓吾さんはちょっぴり眉をしかめるとうつむいてしまった。それから小さくため息をつくと、また口を開いて話し始めた。 「……悠希が、あの子と会ってさ…愛里のことを好きになったりとか…やっぱり女の子と普通のお付き合いをしたい、なんて思ったりしたらっ…止められないかもしれないだろ?」 「は!?」 「ただでさえ、大学やバイト先で運命の出会いなんかしてさ。突然フラれるなんてことがあるかもしれないってびくびくしてるのに、自分からそういう危険性のある人間を紹介なんてできないよ」 「……………」 えーと…何だか、啓吾さんはとんでもない思い違いをしていると思うんだけど… 笑い飛ばしてしまいたいところだけど、啓吾さんの顔…やけに真剣だし… 僕のほうがずっとずうっと、啓吾さんのことを好きなのに、どうしてそんな考えになってしまったのかなあ? 「悠希のことは信じてるし、疑ってるわけじゃないんだけど…怖くて仕方ないんだよ…本当に情けなくて仕方がないヤツなんだ、俺は…」 自分で自分の言葉にどんどん追いつめられて、みるみる落ち込んでいく啓吾さん。 僕はその頬に手を伸ばしてそっと撫でると、伏せていた目線をようやく僕に合わせてくれた。 「……うーん…うまく言えないかもしれないけどね?」 「……………?」 「僕の『運命の出会い』って、相手は啓吾さんで、僕の『運命の人』も啓吾さんなんだって思ってたんだけど……間違ってる?」 「っ!」 僕の言葉に啓吾さんは口をあんぐりと開けて、目を大きく見開いた。 それが何だか可愛らしくて──こんなかっこいい大人の男性に言うことではないのかもしれないけれど、とっても愛しく思えて。 啓吾さんの鼻先にそっとキスをしたら、お返しに啓吾さんは立ち上がって僕のそばに来ると、ぎゅっと抱きしめてくれた。

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