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「……同性カップルでも、ローンは組めるのになぁ」  まこに聞こえないよう小さく溜め息を吐き、リビングから漏れ出る明かりで温かいほうじ茶をいれる。  梅雨間近だから蒸し暑いけれど、まこは“心が落ち着くから”と昔から年中温かいお茶を飲んでいるのだ。  今日はきっと、荒れに荒れている。少しでも緊張がほぐれるようにと心をこめてお茶をいれ、まこお気に入りのマグカップにそそいだ。  リビングに続くドアを開けると、まこはふだん見もしない学園ドラマを丸まった背中で眺めていた。体育座りをしているまこの隣にヨイショと腰をおろす。  まこは体をビクリと震わせ、だるそうに頭を持ち上げると、涙で揺れそうな目を向けてきた。目のふちが赤く染まっている。さっきまで泣いていたらしく、顎まで垂れた涙は乾ききっていなかった。  まこの手に温かいマグカップを握らせ、意識して優しい声で言う。 「ただいま。気分転換にドライブでも行く? ついでにどこかでご飯食べようか。まこが好きな背脂ギットギトのラーメン屋、国道沿いに新しくオープンしてたよね」 「ギットギトって。もうちょっと言い方があるだろ」  スンと鼻をすすり唇をとがらせたまこに、わざとすっとぼけた調子で返す。 「う〜ん……体に悪そうな、脂っぽいラーメン?」 「ケンカ売ってんのか。テレビで何度も取り上げられてる、県民のソウルフードだぞ」  確かにまこが言うようにバラエティ番組で取り上げられてはいるが、背脂ラーメンの店が俺たちの住む町にできたのは、高校を卒業して随分たってからだ。 「ちょっと地域違うよね? 本当にソウルフード? 俺、そんなに馴染みないけどな」  まこの視線がくるりと斜め上を向いた。 「……ソウルフードは言いすぎたわ。そういや背脂ラーメン初めて食べたの、自分で車運転するようになってからだし」  ぷっと笑ったまこの目から、残っていた涙がポロリと落ちた。昔は泣き虫だったまこの、久しぶりの泣き顔だ。華奢だった顎のラインは男らしく変わっている。  付き合ったのは高1の冬だから、気付けば随分長く一緒にいることになる。片思いで終わる予定だったから、俺はまこと一緒にいられるだけで充分だ。これ以上多くは望まない。欲張ったら、すべて夢でしたー!なんてオチになりそうで怖い。  そもそも俺はまこほど家族に憧れはないのだ。愛情を求めて与えられずにいたまこと、端から期待していなかった俺の違いだろう。  子供の学費を心配しなくていい分、たくさん旅行に行ったり、おいしいものを食べて思い出を作ればいい。何にも縛られずに暮らすのも、それはそれで悪くないだろう。  とまらなくなった涙を、火花で焼けた腕で必死に拭うまこの背中をなでる。  まこの重心が、甘えるように少しだけ俺にかたむいた。もう涙を拭くのは諦めたらしく、点々と落ちる透明な雫のせいでグレーのスウェットパンツの色が変わっていく。  まこの唇が、ためらいがちに小さく動いた。

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