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第4話 とんだ災難

バイトが終わって、スーパーに寄って ――。    おっと! いっけね、もうこんな時間だ。 早く帰って夕食作りの手伝いしないと、 また、じっちゃんに大雷を落とされちまう! あ、そうだ!  クリーニング屋さんにも寄らなきゃ……。 なんか最近の俺って、ますます主婦じみてきたなぁ。 スーパーの袋を下げてクリーニング屋さんへの道を 急いでいた俺は、    「重そうやね、ひとつ持ってあげる」 って、声をかけられ、その声の方を見ると アロハシャツに金のネックレス……いかにもって 感じの男性がいつの間にか、隣に並んで歩いていた 「あっ、あなたは……」    どこから見たってヤクザな人だけど、 そう悪い人ではない。    あつしの又従兄弟の 確か……西島さん、だっけ?    去年の文化祭に遊びにきた時一緒に食事を した事がある。 西島さんは”ひとつ持ってあげる”って、 言ったけど、結局は俺の持っているスーパーの 袋ぜんぶを持ってくれた。       「あ、ありがと……」 「いえいえ、どういたしまして――行き先は自宅?」 「は、はい ―― あ、その前にクリーニング屋へ」 「んじゃ、それが全部済んだらちょっと俺に付き合って  もらいたいんやけど、ええかな?」   「えぇ、いいですよ」 そんな俺達が少し人通りの寂しいエリアに 差しかかった時 ――、 後部座席の車窓を遮光シートで覆った1台のバンが 行く手を阻むよう急停止した。 「!! あっぶねぇなっ。何処見て運転してんだよっ」 ガコンッ!!  短気な西島さんが、バンの車体を思い切り 蹴っ飛ばした。 すると、そのバンの助手席と後部席のドアが同時に 開いて、どう見てもヤクザな男達が降り立ち、 後部席に残っていた仲間が俺の腕をいきなり 掴んで、強引に車内へ引きずり込もうとする。 それを見て、逆上した西島さんが 俺を取り返そうと暴れ出す。 「てめぇら、何処の組のもんじゃ?!」 多勢に無勢じゃ、有段者の西島さんでも歯が 立たず、袋叩きでボコボコされた挙句、 改造スタンガンで市販の物の数倍の 電気ショックを与えられ、おまけに手刀で 後頭部を強打されてその場に倒れた。 「西島さんっ!!」 「さぁ~て、僕ちゃんにも少し眠っていてもらい  ますよー」 背後に回り込んでいた男にハンドタオルで 口と鼻を塞がれた途端、 ツーンとした甘い匂いが鼻腔を突き抜けた。 ソレを認識した時には既に手遅れで。 頭の中が朦朧として来て、意識が急速に薄れ、 体の力も抜けて、目の前が真っ暗になった。       ***  ***  *** ぼんやり意識を取り戻した俺が真っ先に 思い浮かべた事は ―― 『あ、**、洗濯物取り込んでくれたかな』 だった。 3年前、交通事故で母を亡くし。 つい先日父も癌で亡くした俺は、 文字通りの ”天涯孤独”になった、と、思ってたら。 告別式の席に母の父親、つまり俺からすれば母方の 祖父にあたる御仁の代理人という人が現れ。 俺は、小さい時会った事がある程度の限りなく初対面に 近い祖父の元で暮らす事になった。 親父が加入していた癌保険から支払われたお金で 高校を卒業し大学へ進学する程度の学資金は賄えるが。 母さんと親父が生きていた時もほとんど放任主義だった ので。 1人の方が気が楽だ。 成人する頃までには1人暮らしが出来るようになりたい と考えている。         何処からか聞こえてくる、ラジオの競馬中継――、    雀卓の上で”ジャラ ジャラ”と、麻雀のパイを かき回す音 ――、    男達の下衆な笑い声 ――、         意識がだんだんはっきりしていくにつれ、 事態は”洗濯物がどうとか” そんな呑気な事を 言っていられる場合なんかじゃない、と 分かってきた……。    何なんだろう、この状況は……? 一体、何故? 何故、俺は……こんな事になってるんだろう?    西島さんと一緒に歩いていた時、 妙な男達に襲われた、 ところまでは覚えている……。    今、俺は埃っぽくて薄暗い倉庫の片隅にいる。    手足が頑丈なロープで縛られているので、 逃げる事は出来ないし。    見張り番らしい数人の男達が反対側の隅っこで テーブルを囲み賭け麻雀をしている。    壁にかかっている時計が午後9時を知らせた頃、 シャッター脇の小さな出入り口から入って来た 男が、俺の前にコンビニのビニール袋を置いた。    その薄い袋から見えたのはおにぎりやサンドイッチ それにペットボトルのお茶と缶ジュース。    多分、それが俺の夕食だとでも言うのか?    けど、手足が縛られたままでは何にも出来ない。 すると、その男が賭け麻雀に興じている男達へ 言ってくれた ――、       「あ、兄貴、このボーズにメシ食わすんで、拘束解いて やってかまいませんか?」   「おぉ、好きにしろや。でも、食い終わったらちゃんと 縛っておけよ」   「はい」 男は俺を縛っているロープを四苦八苦しながら 解き、小声で囁いた。       「トイレに行きたいと言って」 「え ―― ?」       「さぁ、トイレに行きたいと」 「は、い……あ、あの ――」 最初の声掛けは見事、スルーされた。    さっきの声よりもう少し大きく声をかける。       「あ、あのーっ!」 「なんだよっ! うっせぇな」    返ってきたのは超不機嫌な声。       「ト、トイレに、行きたいんや、けど……」 「あぁっ?? 男だろ。そこいらの隅っこで済ませろ」   「……デカイ方、でもですか?」   「チッ ―― めんどくせぇーなぁ、おい、てめぇ 行ってこいや」   「ええっ、おらぁ、やだよぉ」 「じゃ、次郎、お前が行け」 「俺だって嫌っすよぉ。ここの便所 ”出る”って 噂あるの知ってるでしょ」     どうやら、俺の監視でトイレについて行く役を 皆んなで押し付けあっているよう。       と、さっき俺のロープを解いてくれた男が 名乗りでた。       「あ、兄貴、よかったら俺、行って来ましょうか?」 『あぁ、それがいい それがいい』と、3人の男が 同調し、一同のリーダー格らしい男が、 ゴーサインを出した。       「んじゃぁ、頼むわ。小僧だと思って、ぬかるんじゃ ねぇぞ」   「はい、わかりました」 男と一緒にトイレへ向かう道すがら、 その男が襟元に口を寄せ、小声で 喋りかける ――。       『朋ちゃんで~す。ターゲット無事確保しましたぁ。 連中のお仕置き宜しくっす』   「!! あ、あの ―― あなたは……」 「俺は西島と同じグループのもんです」 「じゃ、西島さんは ――」 「奴なら大丈夫。頭かち割られようが、ダンプに 跳ね飛ばされようが、そう簡単に死にゃあ しません」   「そう、ですか……よかった」          「手嶌朋也っ言います」 「俺は松浪綱吉です」    その後、俺はその朋也さんと一緒にトイレへ行き、 そこの小窓から朋也さんのお仲間に救出された。    その時、倉庫の中では随分と派手な音と男達の 悲鳴に呻き声が聞こえて来ていたけど、 それは朋也さんの言っていた”お仕置き”の為 なんだろうと思い、余計な詮索は止めにして おいた。  

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