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第7話 やっぱり、夢ではなかった……

それは6時間目の古文が終わろうとしている間際。    担当教諭のヒヨリンはいつものように、    『それでは今日の授業はこれまで ――』と言って    教科書を閉じたところで、不意に聞こえてきた 何台もの車のエンジン音に眉をひそめ、 窓外へ目を向けた。    それに釣られて目を向けたクラスの連中も、 ヒヨリンと同じく驚きのあまり、 あんぐりと口を開け固まってしまった。    その時俺は? といえば……    校内の殆どの生徒や教職員達が気付いて、 ざわついている正門での様子にも全く気づかず、 机に突っ伏しぐっすり爆睡中で。    前の席のあつしに体を揺すられ ――       「ん、ン ―― なぁにー? も、授業終わったー?」 大きいあくびをしながら体を起こし、 「ふぁ~~……あ、よく寝た……ぁ? ん?」 ようやく教室内の異変に気が付いた。    いつもなら、授業終了と同時にそそくさと 職員室へ帰ってしまうヒヨリンが未だにいるのが 可怪しい。 そのヒヨリンも含めて、大抵の事には 動じないクラスの連中までもが、 ”固唾を呑んで”って感じで、じっと窓外を凝視 している。 一体何事? と、思いながら、そちらへ目を向け、 一瞬で眠気がぶっ飛んだ。    校門前の路肩にずらりと縦列駐車しているのは、 どれもこれも名だたる高級車で。    そして、そこから降り立ったのは、ひと目でそうと わかる強面の方々だった。    しばらくしてその方々達は、学校側から連絡の いった警察官らとしばしの押し問答の末、 帰っていったが ――、 生徒達へは校内放送で、 ”速やかに裏門から下校せよ、本日予定されている 部活動及び各委員会は急遽中止”との旨が 繰り返して流されたし。 担任、それに他の先生達も早いとこ生徒を帰宅 させようと、躍起になっていた。    俺達は、さっき教室で揺すり起こしてくれた あつし他、”忍”こと宮藤忍、”菊ちゃん”こと 菊池省治と一緒に昇降口の下足箱まで歩きながら、 うわさ話に花を咲かせる。       「―― でもよー、さっきのアレ、どう見てもヤーさん  だったよな?」   「うちに何か用だったんかなぁ」 「いやぁ、いくらうちがド底辺でも、ヤーさんと  付き合いのある奴なんていないっしょ」   「いくら何でもそれはヤバいもんね」 と、あつしが俺のジャケットの裾を引っ張り、 他の2人より数歩後ろに下がらせ、小声で こう言った。       「まさか、とは思うけど、お前じゃあないよな?」 「アハハハ ―― まさか、そんな訳ないじゃん!」 って、笑い飛ばしつつ、俺は頭の中で 昨夜あった断片的な記憶を思い出していた。       それまで存在すら知らなかった祖父ちゃんの 跡を継ぐと宣言してしまってから、俺はまた あの事務所の中へ連れ戻され ――、 何だか訳が分からないまま祝宴の主役にされて。    夜は夜で、未成年は当然立ち入り禁止の 高級クラブへ連れて行かれ、そこでも 主賓扱いで手厚い接待を受け。    やっと自宅に帰されたのは明け方近くだった。    =========== 「……跡目相続の件、確かにお引き受けしました」 =========== とっさのひと言だったとはいえ、 俺はほんとに暴力団の跡目候補にされて しまったのかな……?    去年の誕生日、 『お前は行き当たりばったりのところが あるから、この先ほんとに心配だよ。これからは 自分の言葉と行動にもっと責任を持て』 って、あつしに言われた言葉が、今になってグンと 現実味を帯びてきた。 同い年のくせして あつしは石橋を叩いて渡るくらい慎重派なのに。 俺は、自分で言うのもなんだが、 何事にも行き当たりばったりで結果良ければ 全てオーライじゃん! みたいな呑気さで、 今まで生きてきた。       あの人達はヤクザなんかやってる以上、 きな臭い事や危険な事に関わる確率は 普通の人より格段に高いだろう。    俺が”祖父ちゃんの跡を継ぐ”と言って あの人らを止めたのは、多分、その場しのぎ だったと思う。    だって、作り物の中のスーパーヒーローでも ない限り全ての人を助けるなんて不可能じゃん。    そんな、取り留めのない事を考えながら、あつしと 共に外履きに履き替えて、裏門へ進んで行くと、 先に行き着いた忍と菊ちゃんが門の所で、 一隅をじっと凝視しつつその場に立ち尽くして いた。       「おい、何だよ。どうした?」 って、あつしが声をかけても全く反応なし。    まさか……。    脳裏に過ぎった嫌な予感に後押しされるよう、 連中の前に出たら ―― ビンゴ。    2人がじっと凝視していたのは、 国産高級セダン・クラウンとその傍らで タバコをふかしながら立っている朋也さんと その相棒・蒼汰さん。    うわぁぁ……帰ったんじゃなかったの。          2人は俺に気付くと、すぐさまタバコを投げ捨て 輝く笑顔をこちらへ向けた。       「「 お疲れ様ですっ 」」 背中へひしひしと感じるあつし達の 視線が痛い……。         

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