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第10話 未知の領域へ

案内された部屋の床の間には既に  ”親子盃”に必要な祭壇が設けられ。 右側から「八幡大菩薩」「天照皇大神」「春日大明神」 の三軸が掛けられていた。 このような誓盃(せいばい)儀礼の場へ、 こうした掛軸を掲げるのは、暴力団社会は、 強者信仰が強く、強者であるはずの親分の上に、 なお民族神と二武神を置いて、 その力を借りようとする意味合いがあるようだ。 祭壇には12本の百目ローソクを灯す。 これは当日の客人衆の祝意を表すものと言われており。 客人には必ず干支があるところから、 12本で十二支となり、 客人衆全員を意味してもいるわけだ。 その他、祭壇には奉書付神酒、献納物が飾られ、 三宝に乗せた徳利一対、盃1個、盛り塩3山、 生魚一対(向鯛)が用意される。 このうち、生魚一対として鯛が用意されるのは、 新子分にとっては親子盃は出生盃とみなされている ところからであって、2匹の鯛が背中合わせに 置かれるのが作法とされ、 一方の鯛は一方の鯛より低く置き並べられる。 つまり、低く並べられるのが新子分のもので、 親分と肩や頭を並べる事は絶対に許されない事を 意味している。 盃は神前用に一個、取持人が一個、 親分は新子分の数だけ所持します。 また、祭壇の左右には、各親分衆の名前を掲出します。 この盃事における出席者は、 直接の当事者である親分と新子分――、 今回の場合・祖父の泰三と綱吉。 取持人(仲介役)=筆頭二次団体”**組・若頭” 媒酌人=同じく”**組・若中”、介添人2人、 口上人(司会者)=煌竜会・若頭補佐・陣内、 世話人(進行係)=同じく舎弟頭・手嶌朋也、 見届人、立会人と客人衆などだが、 時によっては身内の幹部クラスの出席だけで済ます等、 盃事そのものを簡略化する場合も多くなっているよう。 儀式は口上人の司会進行で始まり ――、 取持人の執行で親子盃が交され、 親分から下げられた盃を新子分が飲み干し、 その盃を懐紙で包み懐中に収め、 次いで祭壇の神酒を2個の盃に注ぎ、 左右の列座へと廻し、 2個の盃を下座で交錯させて再び上座に廻し、 上座で結合したところでこれを重ね、 箸その他を乗せたところへ神酒を注ぎ、 一同で手締めを行って終わり、となる。 この親子盃の交盃の際、 立会人から子分としての心得を諭します。 こうした交盃によって一家名乗りが許されて、 名刺にも○○組等という組織の看板が使えるように なる。 注略! 上記、盃事の記述はブログ”暴力団ミニ講座その7” より、引用させて頂きました。 (もっとも古今、新暴対法の影響で自分の名刺に  組織名を載せ、粋がるようなアホな幹部はいない。  ってか、そんな事をした時点で”脅迫罪”に問われ  かねないので。最近ではどの幹部も名刺には  フロント企業の会社名と役職名を記載するだけに  とどめている) 同時に親分が「黒だと言ったら白い物でも黒だと言う」 絶対服従の関係が出来上がり。 自分勝手に組織から離脱もできない、 まさしく苦難の道が始まる事になるのだ。 因みにこの儀式は古式に則っとるため、 出席者は羽織、袴に威儀を正し。 腕時計、指輪等の装飾品も付けてはならないのが 決まりとなっている。 正午過ぎから始まった親子盃もようやく今、 出席者一同による手締めで無事終わった。 それに引き続いて御前から重大事項の報告があり。 これは何かの冗談か? 今、耳にした言葉は到底信じられない。 それは手嶌だけではなく、恐らくこの部屋にいた 全ての人々が寝耳に水の話しに唖然としている。 「御前、一体どういうことです」 綱吉が現れるまで次期跡目として最有力視されていた 御前の妾腹で一応顧問役員に名を連ねている晴彦が、 いち早く衝撃から立ち直ったのか4代目へと噛みつく。 「なんじゃ聞こえんかったのか? 儂の孫の綱吉だ。 儂は今月限りで総長職から引退する。これから煌竜会は この綱吉が引き継ぐ、皆そのように心しておけ」 「認められません。そんなどこの馬の骨とも分からない 子供(ガキ)を」 自分こそが煌竜会の頂点に立つものだと確信していた 愚かな男はなおも噛みつく。 そのいかにも頭の悪そうな男には若い朋也や蒼汰らも 呆れた溜め息をついた。 自分は現・総長の血縁者というだけの理由で、 選ばれて当然だと思っているような人間が 手嶌は大嫌いだ。 どうせ、親の七光りを自分の手柄だとでも思っている 勘違い野郎だろう。 「別にお前から認めて貰おうとは儂も思わない。 事実を受け入れられない奴はそれでいい」 その思いは綱吉も同じなのか、 戸籍上の続柄だけで言えば ”叔父”にあたる 九条 晴彦へとても冷めた視線を向けている。 「くっそ……そのお綺麗な顔でどうやって4代目を たぶらかしたんだ? ぼーず」 「おい、お前。儂が本気で怒らぬうちとっとと出てゆけ。 そして2度とこの屋敷の敷居を跨ぐでないぞ。 他の者もだ。綱吉を今すぐ認めろとは言わん、 だが侮辱は許さん。綱吉は儂の大事な孫じゃ」 低く威厳のある4代目の声に、 ざわめいていた部屋が水を打ったように一瞬で静かに なった。 「盃事も顔合わせも無事終わった。さて、お楽しみの 酒盛りとしようじゃないか」 4代目の合図で、廊下で待機していたらしい 幹部達の奥さんや彼女らが祝い膳を運んできて、 厳粛な盃事の席は一転して ”無礼講の祝宴”と なった。 そして綱吉は客人の親分衆から酒を勧められるまま 飲み ――。 ひと心地ついたところで、客人達の末席で1人静かに 洋酒を傾けている男に気付き、危うく飲みかけの 酒を吹き出しそうになった。 それは父の納骨を済ませ東京へ戻る前の晩、 馴染みの店で行きずりセックスをした竜二と名乗った 男だった。 「…………」

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