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第18話

ヤクザの組長は豪華な応接室か何かに、 どっかり腰をすえ。 子分達を顎で使う ―― みたいなイメージがあった。 まぁ、組長により、やくざなんかしてるよか聖職者の 方が向いてそうな人格者もいる、かと思えば。 やたら威張り散らし、子分の手柄も自分の手柄に するようなとんでもない幹部もいる。 そして仕事に至っては、 裏社会に一歩踏み込んで初めて分かった ―― 組織のトップのお仕事は主に同業者幹部との会談や 会食を通した商談で。 たとえ僅か15分ほどの商談でもウン千万単位の金が 動く事もある。 古今の組幹部が主流にしている株取引きがその 最たるもので。 うちの若頭・手嶌は1日平均数億円の株売買を 手がけ、煌竜会のシノギに大きく貢献している。 組織の資金関係を一手に引き受けているのが若頭・ 手嶌孝二なら。 今回のように縄張り内で起こった重要懸案事項を 解決する強行班担当がその実弟・竜二だ。 元々今回の懸案事項解決は晴彦が請け負っていた。 しかし、竜二の独自内偵でその晴彦自身もドラッグの 密売によって利益を得ている疑惑が急浮上。 今のところ組織内の誰とも利害関係のない綱吉に 内偵のお鉢が回ってきたのだ。 そうして無事3日目の潜入を済ませた綱吉は、 自分じゃ予約を取る事も難しいお客を選ぶ 超高級レストランを打ち合わせ場所に指定し。 3日目の報告をするのだった ―― 「で、首尾はどうだ?」 ぶ厚いTボーンステーキにナイフを入れながら竜二が 聞いてきた。    「たった3日で首尾も何もないでしょ」 「お前、分かってるよな? あえて期限はつけないとは 言ったが。俺達がいつまでも手をこまぬいていれば、 新たな被害者が出る可能性だってあるんだ」   この野郎……。 けど、言ってる事は正論なので全く反論出来ない。    俺の心模様とは裏腹に店から提供される フルコースメニューは、流石ミシェランで毎年三ツ星を 獲得しているだけあって、文句のつけようがない 逸品ばかりだ。 「一応、ターゲットは絞れた感じです。英語を担当 しているマーカスっていう男性教諭で、 生徒の取り巻きが何人もいるみたいです。ちょっと 近付くのは難しそうですが」 「そうか、お前にしてはまぁまぁ上出来だな」 あれ? もしかして褒められた?  いやいや竜二のことだからただの嫌味だ。絶対。 「ってか、俺のお目付け役なんかやってる余裕が あるならお前も潜入しろよなー!」 誰だよ、余裕がないから1人に任せるって 言った奴は。 「つか、お前が不甲斐ないからフォローしてやってんだろ。 いいか? 忘れんなよ。 これはお前が古参の幹部達に認められるか? 否かの テストでもあるんだ」 「うぅ……」 それを言われると言い返せない。 皆んな、こんなガキの不甲斐ない俺を全力で バックアップしてくれてる。 とてもありがたい。    「それに知ってるだろ。俺、女は嫌いなんだ」 過去に何があったのか知らないけど、 竜二の女嫌いは異常だ。 話すのも、見るのですら長くは耐えられないと 本人は言う。 どーせ、女に手酷く振られでもしたんだろ。 でもそのせいもあって竜二が代表取締役を務める 会社には男性スタッフしかいないし。 奴が受け持つ強行班にも男しかいない。 それでもこいつが優秀なのは事実なので、 本来ならもっと偉くなっているだろうに。 ……つか竜二の事なんかどうでもいい。 今はマーカスだ。 「あのぉ ――取り巻きのせいで近付くことすら できない場合、 どうしたらいいと思います?」 「そりゃ、内通者が必要だろ。取り巻きの中の誰か、 もしくはその教師と親交のある者をどうにか こちら側に引き寄せる。 そこから自分も取り巻きに加わるのもありかもな」 「やっぱりそれしかないですよね……」 取り巻きの誰かか、マーカスと親交のある者。 明日からその辺を調べてみようか。 ここ数日は慣れない仕事のせいで食傷気味だったが。 やはり1セット7万円のフルコースパワーは凄い! 今夜は久方ぶりに食が進んで、 最後のデザート三つめのケーキを独りで頬張る俺を、 くっきりとした黒曜石の双眸が見つめている。  視線を感じてテーブルから顔を上げれば、 目の前にあったのは、 思いがけずいつかと同じ優しい顔で、 俺は柄にもなくどきまぎと瞬いた。 「なななんですか?」 「いや ―― 相変わらず良く食うなと思って」 真っ赤になってフォークを置いたものの、 すでにあとひと口が残るのみ。 結局全部綺麗に平らげた時、 タイミングよくコーヒーのお代わりまで出てきて、 ものすごく幸せな気持ちになった。

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