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第21話 初接触
柳瀬さんの言った通りその日の5時間目、
マーカスは1人で温室にいた。
授業中なので彼の周りに女生徒もいない。
俺はというと腹痛を理由に教室から抜け出して
きた。
早川さんも心配してついてくると言ったが断って、
そして今温室の前にいる。
ガラスの扉を開くと中にいたマーカスの目がこちら
に気付く。
どうやら薔薇の手入れをしていたらしく、
片手にはいつものティーカップではなくちょっと
お高そうな如雨露があった。
一応、真面目に園芸部顧問もしてるわけだな。
「君、授業はどうしたんだ?」
初めて聞く彼の声は柔らかい低音だ。
そして、幼年の頃からずっと日本にいるとあって、
日本語もすごく達者だ。
温室の中はこの肌寒い時期にもかかわらず少し暑い
くらいで、どうりで様々な花が開いているわけだ。
ムッとするような甘い薫りが鼻をつく。
この温室は現実とは思えない感じがする。
まるでおとぎ話の中の世界のようだ。
お花畑に美形の王子様。
頭がちょっとぼんやりするのは気温や薫りだけの
せいではないのかも。
生徒が夢中になるのも分からなくもない。
「えぇと、サボっちゃいました」
てへっ! と俺は舌を出して優等生を演じる。
ちょっとやりすぎたかも。
「サボったってねぇ。僕も一応教師なんだよ?」
「だってぇ、先生のこと気になってたんだもん。
でもいっつも先生の周りって他の子ばっかりで
近づけなくて……」
「あぁ、君が転校生の松浪さんか」
マーカスがにっこりと微笑んだ。
「えぇ? 先生、私のこと知ってたんですか?」
「いやぁ、妙な時期に転校してきたものだと思ってね。
僕も君の事は気になってたよ。時々温室の外にいた
よね?」
てっきり外のことなんて見てないかと
思っていたけど、俺のこと気付いていたのか。
しかしその言い方は教師の対応としてどうなんだ。
明らかに口説きモードじゃないか?
「でもね、わざわざ僕に会いに来てくれたのは
嬉しいけど、今は授業中だよ。君は教室に
戻りなさい。いいね?」
そっとナチュラルにマーカスの手が俺の腰に
添えられた。
そして温室の入り口にまでエスコートされて
しまう
紳士のようでいて実にいやらしい手付きだな。
「あの、じゃあまたここに来てもいいですか?
今度はちゃんと授業じゃない時に来ますから」
「あぁ、勿論だよ。いつでもおいで、僕も待ってるよ」
言いつつマーカスは俺の頬にキスした。
触れるだけの簡単なものだけど、やっぱり教師の
態度として間違いまくってる。
「じゃあね! 先生」
俺はマーカスに手を振ってから、教室ではなく
保健室の方へ向かった。
とりあえずこの時間は保健室で過ごし、
また休み時間になったら教室へ戻ろう。
「これで印象付けできてれば良いんだけど」
もう1度二人っきりで会い、そこで真実を
確かめる。
誘導尋問は苦手だけど、まあどうにかなるだろう。
問題はすぐにそのチャンスが訪れるかだ。
できれば竜二が出張から戻ってくるまでに、
何らかの成果は挙げたい。
しかし、そのチャンスは思っていたよりもずっと
早く訪れるのだった。
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