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第28話 ツナと竜二

自慢じゃないが、アルコールにはかなり強いと 自負していた。  だけど、今夜に限って。 いつもならへっちゃらなのに、 連日のオーバーワークが祟ってか? いつもの半量も飲まないうちにすっかり酔いが 回ってしまい ――。 『―― どうしたんですかねぇ、いつもはこんなに あっさり潰れちゃう子じゃあないんですが』 『フィガロ』のマスターの声が頭の上からする。 誰と話しているのか分からないけど、 どうやら、カウンターに突っ伏して 眠ってしまった俺の事をあれこれ話している ようだ。 『―― おーいツナくんやぁ~い? そろそろ 起きないと店の外へほっぽり出されちゃうよ~』 フフフ……依然、誰だか分かんないけど、 そう耳元で囁かれた声は。 何だかとっても心地良かった。 『ひっでぇなぁ、竜二。いくら俺でも常連さんに そこまで酷くはしないよ』 ……?? りゅう、じ? 今、竜二って言った? でも、俺の知ってる竜二は、 新年度まで当分の間休みなしだって、 言ってた。 だから、こんなところで油売ってるハズ、 ないんやけど…… 『そろそろ閉店時間やろ? コレ、 どうすんの?』 コレ、って……俺の事? 『いっそ、お前が連れてってくれると大助かり なんだが』 頭の一部は覚醒しているのに、体は指1本 動かせない。    でも、早く起きなきゃご迷惑をかけてしまう。 『う~ん……ほな、そうしよか』 へ? ―― 今、何って言った? 『はぁ? 本気か? 竜二』 マスターも”竜二”って男の人の意外な 発言に面食らっている様子。                                    『ダメ、かな?』 『いや、ダメとは言わんが……どうゆうつもりだ?』 『つもりも何も ―― 別に他意はないよ』 『ホントに下心なし?』 『お前やあるまいし……』 しつこく勘繰るマスターを男は鼻で笑った。 『そりゃあ、ま、滅多にいない美形ちゃんだけどさ、 俺こいつにはマジで惚れてるから。 無理矢理はヤラない』 グフフフ……マジ惚れてる、だってぇ…… 何気に嬉しい。 半覚醒状態のふわふわした意識の中、 聞こえてきたそんな言葉で ”とりあえず、貞操の危機だけはなさそうだな” と、妙な安心感を覚え。    ”よっこらしょ”と、掛け声が聞こえ 俺の体は大っきな背中へ担ぎ上げられた。 『―― ん? 何だこいつ、やけに軽いな、ちゃんと 食ってんのかぁ?』 さり気ないパフュームのいい香りがして、 その清涼感が俺を更なる安眠へと誘う。 それから俺は大柄な男におぶられ、 店の外のエレベーターホールへ出た。 火照った俺の頬に男の少し冷たい首筋が当たる。 密着した背中から伝わる温もりがしっとり馴染んで 落ち着くような ―― その一方で、何処か生々しくて、ムズムズと 居心地が悪いような、 落ち着かない気分になった。 『―― それではお気をつけて。くれぐれも送り狼には なるなよ? 彼はうちのアイドルだ』 『分かってるよー。んじゃ、おやすみぃ~』 エレベーターの扉が閉まったのが気配で分かった。 俺とその男を乗せたエレベーターは、 どんどん上昇し ―― しばらくして停まった。 ……おそらくここは、最上階。  ***  ***  ***   カーテンの隙間から覗く朝の陽射しにふと俺は 重い瞼を開いた。 ここは……? パジャマを着ていない自分を不思議に思い 体を起こすと、隣には全裸の竜二……。 「へ……」 お、れ……。 瞬速で意識は一気に覚醒。 「う、うそだろっ!!」 ばっとベットから転がり落ちめちゃくちゃに 脱ぎ捨てられた二人分の衣服の中から 自分の物を選別し、 胸元に抱きかかえたまましばしフリーズ。 ど、どうしよ………… 俺ともあろう者が昨夜の記憶、まるでない。 え、えっと ―― まんぷく亭で享先輩と別れて、 フィガロに来て ――  そこで、えっと……それからどうしたんだっけ…? 記憶はないが、理性がかなり吹っ飛んでいた ような気がする。 なんか、凄い事はしてないよね。 何よりも、享先輩から”あまり深入りはするな” と、忠告されたばかりの手嶌竜二本人と 一緒にいるって事が信じられなかった。 俺は、この男相手に……一体何を……。 「んン ……」 思考がまとまりきらない内に竜二が目を覚ました。 「あ ―― りゅ……」 「あ ―― ん? あぁ、昨夜は泊まったんだな」 「あ、は、はい。お、お手数おかけしました……」                             「お前フィガロから運んでくるの、マジ大変だったん だからなぁ」 「いやはや、何とも……」 「あぁ ―― 腰いてぇ……」 なんて言いつつ、腰の辺りを手でさすりながら キッチンへ行き、もちろん振りチン=一糸まとわぬ すっぽんぽんってやつで。  俺のためにミネラルウォーターを持ってきて くれた。     「ホイ、水」 「あ、ありがとございます」 まだ寝ぼけているのか?  自分が素っ裸なのになんの反応も見せない。 対面しているこっちの方が恥ずかしくなる。 抱えたままの衣服へ半ば顔を埋めるようにして、 恥ずかしがる意外に乙女な俺を見て 竜二はちょっとしたイタズラ心を起こしたよう。 必要以上に俺の耳元へ口を寄せて、甘い声で囁く。 「しかしよぉ、昨夜は俺ほんと驚いちゃったよ。 お前って意外と大胆なんやねぇ。 久しぶりに腰ガタガタ」 「は? それって、どうゆう意味で……?」 「やっぱり俺、お前以外で勃たねぇや。この責任は ちゃーんと取ってくれんだよな?」 俺は一気に顔の色を失い、茫然自失の体で  「シャワーお先にお借りします」と、出て行った。 頭、冷やさな……。

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