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第31話 現実を思い知る
『Σ(゚∀゚ノ)ノキャー、ツナせんせ~久しぶりぃ!』と
13才の女子中学生らしい元気さで、
ゲスト達の輪から外れてやって来たのは、
今をときめくトップアイドル・酒井姫奈ちゃん。
ずっと前からこのパワフルさには圧倒だったけど、
今は持ち前のタレント性にもさらに磨きがかかって、
文字通りキラキラ光り輝いている。
「ホントに来てくれるだなんて姫奈感激!」
「だって、ずっと前からの約束だったじゃない」
(と、いっても忘れかけていたが)
「今日はう~んと楽しんでいってね。ご贔屓のスターさん
とかいたら生サインでも、生写真でも何でももらって
あげるから」
「うん、どうもありがとう」
今夜、ここインターコンチネンタル・有明の特設
パーティー会場できらびやかに催されているのは、
今年で60回を迎えた中央新聞社主催・アクターズ
ギルド映画祭の前夜祭。
姫奈ちゃんは昨年の最優秀新人賞受賞者として
プレゼンテーターを務める。
『―― 姫ちゃん、ちょっとお願い』
「は~い ―― ごめんね、ちょっと行ってくる」
姫奈ちゃんがマネージャーさんに呼ばれて行って
しまうと、早くも俺は手持ち無沙汰になって、
とりあえず超絢爛豪華な料理が並ぶ
ブッフェコーナーへと向かった。
でも、その俺の姿をゲスト達の輪の方から
見ていた人がいたなんて、
俺はちっとも気付いていなかった。
結論から言えば、自宅マンションから
出てくるとき、
”まさか、向こうで竜二と鉢合わせなんて事は
ないよねぇ”
と、思っていた事が的中したんだ。
「―― おい、あそこにいるのツナだろ?」
と、傍らにいる竜二の注意を促したのは兄・手嶌孝二。
竜二はブッフェコーナーにいる綱吉を見て、
思わず飲みかけのウイスキーを噴き出しかけた。
「ぶっ ―― あ、あいつ、何でここにいるんだ?!」
「お前が呼んだんじゃねぇんか?」
「んな訳ねぇだろ。まだツナを奴の目に晒すのは
早過ぎる」
「甘いな」
「あ?」
「抜け目ない匡煌の事だ、お前と香さんとの縁談が
持ち上がった時点でツナの身辺調査くらいはしてるさ」
「とにかく、あいつをさっさと帰さなきゃ」
「今は動くな、場所が悪過ぎる。マスコミに格好の
スキャンダルをくれてやるようなもんだぞ」
竜二は悔しそうに歯ぎしりをする。
そこへ、ダークスーツをきっちり着こなした
青年がやって来て、竜二へ声をかける。
「竜二様。御前がお呼びでございます」
「……分かった」
前菜からメインディッシュ、デザートまで、
高級ホテルの絶品料理を心ゆくまで堪能し、
食後酒を飲みながら、
ぼんやりゲスト達の顔ぶれを眺めていたら ――
竜二の姿が視界に飛び込んで来た。
えっ、うそ、本当に同じパーティーだった……
彼の傍らには70才位の紳士と
振り袖姿の可愛らしい女の子がいて。
どうやら竜二は紳士からその女の子を
紹介されているようだ。
紳士の方にも、女の子の方にも見覚えがあった。
女の子は、日本人ならほとんどが知っていると思う、
人気女優・如月香(本名・笙野 香)
紳士の方は、
戦前から生糸市場で一財を成し、一時期は裏で
一国の元首おも操っているといわれていた、
日本政財界の超大物・笙野 剣造。
如月香は笙野の溺愛する孫娘だ。
何故、女嫌いの竜二と彼女が一緒にいるのか?
そりゃあ、気になるけど。
それを竜二に尋ねたりすれば ――
”妬いてるのか?”なんて、茶化されるに
決まってる!
だから、聞かない。
俺にも関係する事なら、きっと竜二の方から
教えてくれるハズだから。
そんな事をうだうだ考えていたら ――
『あ~ら、ツナちゃ~ん』
背後から随分と馴れ馴れしく声をかけられた。
少々ムッとして振り向けば、それは、
珍しくフォーマルに着飾った国枝静流さん。
「静流、先輩……」
「楽しんでるぅ~?」
彼女は利沙やあつしのお姉さんで国枝家の長女。
㈱笙野 という、笙野組のフロント企業に務めている。
女の子らしくお洒落してる先輩を見るのも、
こんな公の場でここまで酔ってる先輩を見るのも、
久しぶりだ、
「あー、そうだぁ。ゴールデンウィークの旅行で買って
きてあげたキムチと韓国海苔、食べたー?」
って、それ、何ヶ月前のハナシだよ。
「あ、うん、食べた。旨かったっすよ」
「でしょ、でしょ~う? この静流さんが買ってきたん
だもの美味しいに決まってるじゃない」
「あ、ところで先輩……酔ってます?」
「へへへ~、ちょーっとね」
何処がちょっとだよ?
大トラになる一歩手前じゃんか。
「ま、潰れる前に帰った方がいいですよ?」
「だーいじょーぶー、今日はナイトも一緒なの」
なんて、笑っていると ――
『―― 静流』
と、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、40代前半位の男性がやって来る。
どことなく、若頭の手嶌や竜二に似てる……
「あー、紹介するわ。私のフィアンセ・手嶌匡煌
っていうの。まーくん? 彼が大親友の松浪……あ、
今は ”九条”なんだっけ? 九条綱吉よ」
似てるハズだよっ。
2人のお兄さんだ。
そして ”笙野帝国”の次期総帥と言われている男。
うわぁ~……なんか、威圧感が半端ないな。
先輩がいつの間にか婚約してたって事にも驚かされた
けど。
まさか、その相手が手嶌兄弟の長男だったとは
2重の驚きだ。
「―― キミの事は静流から色々聞いていました。
真面目で勤勉な上にとても優秀な青年だって」
「いえ、買い被りです……」
「間もなく弟も家庭を持ち、何かと忙しくなる
だろうから、支えてやって欲しい」
え? 弟も、家庭を ―― って、
若頭の方はもうまりえさんがいるから。
じゃあ、竜二が……?
「あら、匡煌さんったら何も今言わなくたって……」
それ、どーゆう意味?
「何故だ? おめでたい事なのだから何も不都合はない
だろう?」
と、彼は俺に視線を移した。
「なぁ? 九条くん」
「え、ええ……」
俺はもう、頭の中が真っ白になりかけで、
そう応えるのが精一杯だった。
「早く結婚をして落ち着いてくれた方が、部下達にとっても
いい事なんだ。九条くん、キミもそう思うだろ?}
にこやかに、ほほ笑みを絶やさず、
俺へ語りかける匡煌さんは ――
恐らく、いや、ほぼ100%竜二と
俺のただならぬ関係を知っている。
「……おっしゃる通りだと思います」
それから後、この匡煌さんと別れるまで
何を話したか? そして、このホテルから
自宅マンションまでいつの間に帰ったのか?
まるで、覚えていない。
結婚 ―― 竜二が結婚。
ただその言葉だけが、脳裏にこびり付いて
離れなかった。
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