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第32話 溢れる想い
妙齢の男なら結婚して子供を作り、
安定した家庭を築く、というのが理想の人生だろう。
最近はメディアの影響もあって、
男同士の恋愛にはかなり寛容にもなっているが。
まだまだ、俺達みたいな人種はマイノリティー
でしかない。
それなりに社会的地位と責任もある男が、
俺みたいなただの高校生に現を抜かしている
場合ではない、というのがお兄さんの考えだ。
マンションに帰り、
シャワーを浴びて布団に潜り込んでも
頭の中を”結婚”の文字がぐるぐる回って寝付けない。
ザワザワと胸の奥がざわつく。
―― 気持ちが悪い。
結婚という文字が浮かんだだけで胸が締め付けられる
ように痛い。
不意にパーティーでのいち場面が脳裏にくっきり
蘇った。
あの子が竜二の結婚相手。
笙野氏のご令嬢と手嶌家の次男の結婚……
成立すれば世紀のビックカップルの誕生だ。
おめでたい事、なのに……素直に喜べない。
胸の奥で疼き、渦巻くこの感情は……嫉妬?
竜二と出逢うまでの俺は、自他共認める
八方美人。
今も大して変わりはないかも知れないけど。
それは、竜二の気を惹く為で。
決して相手の男が好きなワケじゃない。
だから自分の好みなど関係なく、
好きだと言われれば付き合ったし、
体を求められれば肌を重ねた。
自分は淡白だってずっと思っていたから、
胸が締め付けられる程の痛みで、
たった1人の男(ひと)を強く恋い焦がれる日が
くるなんて、考えもしなかった。
手嶌竜二という男が俺の全てを変え、
唯一無二の存在になった。
けど、今夜、お兄さんによってお互いの身分差と
現実の厳しさを突き付けられ、
やっぱり夢は夢でしかないんだと、思い知らされた。
溢れる涙が止められず、頬を濡らす ――
あぁ、ったく、ホントに情けない!
いい大人がみっともないくらい、子供みたいに
泣きじゃくった。
もう、途中からは何に対して、こんなにも辛く
悲しいのか?
それすら分からないまま、ただひたすら泣いた。
ブブブブ ―― ゴト ゴト ゴト ――
スマホの着信を知らせるヴァイブレーションで
起こされた。
もうっ、泣き疲れて寝ちゃうなんて、マジ子供かよ。
まだ、寝ぼけ眼のまま、まくら元を探って手にとった
スマホを、ついうっかりいつもの癖ですぐ応答に出て
しまった。
『もしもし、ツナっ!』
発信者は竜二で。
彼の声は心なしか怒気を含んでいるように聞こえた。
「あ、りゅ ――」
『あ、じゃねぇよっ!
いきなり姿暗ましたら心配するだろ』
えっ、じゃあ、竜二、俺があそこにいた事……。
でも、俺は姿を暗ましたんではなく、
自宅に帰っただけなんだけど?
*** ***
その頃俺は、綱吉の自宅へ向かって
愛車を爆走させていた。
さっきのパーティーでかなり酒が入ってるので、
ネズミ捕りに捉まれば一発免停だ。
『あ、えっ、と、ごめん、なさい……』
言葉尻にグスンと鼻を啜る音がして、
こいつは今まで泣いてたんだ、と思った。
1人ぼっちで泣かせちまった自分に
心底腹が立った。
諸悪の根元は……長兄・匡煌。
「……今、アパートだな?」
『う、ん』
「OK、今からそっちに行く」
『ええっ?! そんな、ダメだよ』
「なんで?
俺のいない間に違う男連れ込んでるとか?」
『そ、そんな訳ないだろっ!』
「なら、いいじゃん。どうしても今話しがしたい」
『だけど、もう、夜遅いし……』
「顔、見るだけでもいい」
『でも、疲れてないの?』
電話口の綱吉の口調は明らかに弱々しくなっている。
よっしゃー、あともうひと押し。
「……会いたくねぇ?」
そんな自分なりの決めゼリフの後 ……
綱吉からの声がしばらく途絶えた、そして――
『……あ、いたい』
「すぐに行く!」
俺はアクセルを目一杯踏み込んだ。
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