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第38話 突破口

橘が執務室に戻って来たのは、 先程、奴がここを出てから30分ぐらい経った頃 であった。 「橘、分かったのか?」 「はい。白石の会社が保有している施設は全部で3つ。 その内の2つは保養所で場所は狛江市郊外です。 残る1つは研修施設で多摩地区にあります」 「それで、綱吉がいる可能性の高いのは?」 「ハッキリとは云えませんが、 恐らくは多摩地区の施設ではないかと」 「根拠は?」 「そこは、老朽化しているとの理由で今は使用されて いません。間もなく補修工事が入る予定だそうです。 あとの2つは現在も利用中でして、人目に付かない事を 前提に考えれば」 「多摩地区にあるやつが1番臭いな」 「はい」 拉致した者を連れ込むなら、 現在も使用中である施設よりも都合良く 誰もいない方を使おうとするだろう。 だが、裏を掛かれていないとは云い切れないのだ。 「分かった、俺はその多摩地区の方へ行く。一応、 狛江市郊外へも誰かをやろう。 それでいいっすね、おやっさん」 「あぁ。そっちへやる人選は、寺川に任せるか」 「なら、奴を呼びます」 そう云って、 懐の携帯に手を伸ばした所で再び橘が口を開いた。 「それと ―― 大河内のバックにですね、どうやら」 と、橘はそこで言葉を濁した。 「なんだ? 手がかりになりそうな事なら気兼ねなく 言え」 「……晴彦さんが絡んでいるようで……」 その言葉に一同は驚愕し。 前・総長・九条泰三は深いため息をついた。 「あのバカめ。遂にここまでやりおったか」 その言葉は苦渋に満ちていた。 戸籍上だけとは言え、自分の甥の生命を狙い ―― 組織の頂点を奪還しようと企む。 愚かな男ではあるが、あんな奴でも一応は我が子 なのだ……。 晴彦はあの”盃事”の席上で泰三に勘当を言い渡されて 以来、”跡目候補の座の奪還”そして”綱吉を貶める” 事だけを念頭に置きかなり強引な手段で、 それこそ堅気を巻き込んでも構わないと考え、 あらゆる手段を講じて自分の勢力拡大に務めてきた。   煌竜会は代々地元とは持ちつ持たれつの地盤を築き、 任侠を重んじ、堅気には決して迷惑を掛けない と云うのを心情としている。 ただの暴力集団に成り下がるなと云うのが、 歴代総長の口癖であり家訓でもあるのだ。 その精神は今も受け継がれていて、 地元では九条や煌竜会の名を聞いても 顔を顰める奴等は殆どいない。 諸手を挙げて歓迎はしていないかも知れないが、 毛嫌いもされていないつもりなのだ。 「おやっさん」 「あぁ、そっちは儂に任せろ。 橘、証拠はあるんだろうな?」 「はい」 「なら、駿河組長に力を借りよう」 「駿河って、大蛇(おろち)会のですか?」 「この間、チラッと小耳に挟んだんだが、晴彦は駿河組 傘下の何処ぞの組にもちょっかいを掛けてるらしい。 しかも、今回と同様に半グレを使ってな」 駿河組長は古くから交友のある大蛇会の若頭だ。 彼が率いる駿河組も有能な面子が揃っていると聞くが、 何と云っても次期会長と云われている 駿河組長の力量には計り知れないものがあって、 極道社会の中でも一目も二目も置かれている男である。 そんな男のいる組に喧嘩を売ろうとするくらいだから、 やはり晴彦は馬鹿なのだろう。 その馬鹿のせいで綱吉が何度も危険な目に遭っている なんて、考えただけでも腹立たしかった。 「この際、煩い蝿は早い内に叩き潰す。恐らく、 駿河組長にそのことを持ち掛ければ、 協力を得られると思う」 「分かりました。で、大河内の方は」 「もちろん、潰すさ。それには綱吉をお前が無事に 助け出してからだ。後ろ盾を失って作戦も失敗して、 奴がどんな顔をするか楽しみだろ?」 滅多に見せないしたり顔で親父が笑う。   「だが、その白石とか云う奴等は一応は堅気だ。 孝二・竜二、それを忘れんなよ」 暗に手を血で染めるなと釘を刺され、渋々ながら頷く。 だが、もしも綱吉が ―― と考えると、 絶対に守るとは云えなかった。 取り敢えず、携帯で離れにいる寺川を呼び付け、 経緯を話して多摩と狛江へやる人員を集めさせる。

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