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第41話 大き過ぎる代償

『―― ツナ?……綱吉……』 『優しい男の人の声……』 『綱吉……』 『……誰? あなたは誰なの……?』 綱吉は担ぎ込まれた病院で 辛うじて命を取り留めていた。 そうっと目を開けてみると 白い天井にクリーム色のカーテン ――。 ふとその先を見れば綺麗な茶髪の若い男の人が 花瓶に花を活けていた。 その男の事は知っているが、 自分が知ってるのはこんな青年ではない。 ……ってか、よくよく見れば、 自分だってやけに年をとったような気がする。    「あ……」 (声が、出ない? なんで?) 朋也が振り返ると、 驚きで目を見開いて近づいてきた。 「わ……若っ!」 朋也はベッドに備え付けてあるナースコールを カチカチと押した。 『どうかなさいましたか?』 「すみません。意識が……意識が戻りました」 朋也は綱吉の手を握る。 「よかった。ほんとに良く頑張りましたね。 随分眠っていたんですよ」 「あ……」 「あ、まだ話せないかもね?  治療の為に薬を使ってるから。 今は痺れているだろうけど いずれまた話せるようになるらしいですよ」 綱吉はその事を聞いてホッとする。 「あ、そうだ。このお花……兄貴からですよ。 それにこれも。こっちのも」 (どの花も兄貴の愛で溢れてる……) 朋也はフッと笑った。 「あ、そうそう ―― それからね、これ」 そう言ってスケッチブックとペンを綱吉に渡した。 「しばらくはこれで会話しましょう」 それを聞いて綱吉はいきなり何か書き始めた。 「ん? なになに ――  《俺はどうしてココにいるの?   あなたはだぁれ……??》」 朋也は再び目を見開いた。 キョトンとした表情の綱吉からはふざけてる、 といった感じは受け取れない。 だとすると……。 「わ、か……」 その時コンコンコンとノックの音がして 先生と看護師が入ってきた。 「ご気分はいかがですかー?」 「……んせい。どうもこうもないよ先生!」 興奮のあまり朋也は先生の胸倉を掴む。 「な……何ですか?!」 「やめて下さいっ。何なさるんですかっ?」 看護師2人に引き剥がされ、 綱吉はそんな朋也をキョトンと見ていた。 ***  ***  ***     朋也は駐車場まで走ると車に乗り込んだ。 「そんな……」 ---------------------------------------------------------- 『一種の"記憶喪失"ですね。 ショックな事や精神的に避けたい事などに 蓋をしてしまって、すっぽりその部分の記憶が欠落 してしまうんです。 患者さんの場合、おおよそ3~4年の記憶が 欠落していると思われます』 ------------------------------------------------------------ 「そんなバカな……俺達の事だけじゃなくて 兄貴の事もすべて忘れてしまったというのか? 若が目覚める事だけが今のあの人の"生き甲斐" なのに。そんな惨い事を今のあの人に……言えない。 言えるわけがない」 朋也はハンドルに凭れかかり肩を震わせる。 (どうしたらいい? どうしたら……) どんなに悩んでみたところで、 答えを見出す事も出来ず。 朋也は両手で頭を抱えると背もたれに体をもたげた。 そしてはぁー……っと、長い息を吐いた。  ***  *** 同じ頃、綱吉は病室でさっき主治医の先生から 聞かされた簡単な病状及び状況説明と、 さっきまで一緒にいてくれた”朋也”と言う男の事を 考えていた。 (それにしても、あの人は誰なんだろう……。  俺を助けてくれた人とか?  先生の話しじゃ、俺はかなり酷い事故に巻き込まれて  半死半生の状態でこの病院へ担ぎ込まれたらしい。  じゃあ、あの朋也さんって人が、さっき夢の中で  俺の名前を呼んでた人?) 思い返してみる。 違う……あの人じゃない。 もっと野太くて深い優しい声だった。 なら、誰? 誰なの? 「あ ―― っ つ……!」 思い出そうとすると頭が割れるように痛くなる。 先生はゆっくり時間をかければそのうち 全て思い出せるから、決して焦るなと、言ってたけど。 もっと大切な何かがあった気がするのに。 ……それがなんなのかわからない。 どうしても思い出せない。

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