42 / 46
第42話 最後の優しさ
朋也が九条邸に戻り、
車から降りると袴姿で竹刀を振る蒼汰が
声を掛けてきた。
「よぉ、今日も若んとこ行ってたんだろ?
どうだ? 様子は」
「う……ん」
「なんだ? どうした……何かあったのか?!
まさか容態が急変して死んじまったとかじゃ ――」
朋也の様子が変だと気付き真顔で聞いてきた。
「勝手に殺すな!」
「何だよ、そんなうかない顔してっからビビっちまった
じゃねーか」
1人で抱えきれず、朋也は思いきって蒼汰に話そうと
上を向いた。
「あ……」
「なんだ?」
思わず蒼汰から目を逸らす。
「……なんだよ」
そう言う蒼汰の後ろに竜二が現れた。
「どうした? ツナに何かあったのか?」
「いえ、変わりなくまだ意識のない状態です」
「……そうか」
曇った表情の竜二を見て朋也の胸がズキンと痛む。
(許して下さい。兄貴)
「お散歩、ですか?」
「あぁ、ちょっとな ――」
「自分もお供してよろしいですか?」
「ん、頼む」
朋也は竜二の車椅子を押した。
中庭を2人でゆっくりと進む。
「だいぶ肌寒くなってきました。
これを羽織って下さい」
朋也は自分のスーツの上着を脱ぐと竜二に差し出した。
「これじゃお前が寒いだろ」
「平気です。お手伝い……しますね?」
そう言って竜二の肩にその上着をかけた。
その竜二の後姿を見て朋也は思わず抱きついた。
「朋也 ―― ? なんの真似だ?」
「前から……いいえ、
ずっと小さい頃から貴方をお慕い申しておりました……
好きなんです、竜二さん」
朋也はこの竜二そして若頭・孝二と共に手嶌三兄弟
という事になっているが、実際血の繋がりがあるのは
孝二と竜二だけで、朋也は2人の父・手嶌の舎弟の
1人息子だ。
「……」
ガサッ ―― と、音がし、
竜二と朋也はハッと音のする方を見た。
そこに立っていたのは蒼汰だった。
朋也と蒼汰は見つめ合った。
朋也のその目はもう遠慮はしないと言う決意が
現れていて。
蒼汰は一歩二歩と下がって向き直ると
その場を後にした。
朋也もそのまま竜二の背中に頬を寄せる。
「とも……」
「もう、若……ツナさんの事は忘れて下さい。
彼だってあんな事……"忘れたい過去"のはずです。
このまま……いっそこのまま解放してあげて下さい。
彼を……愛しているのなら」
(もうこのまま会わない方が、貴方の為なのです)
「綱吉は……目覚めたんだな?」
「えっ ――」
「あいつに……頼まれたか?
あいつにもう俺から開放されたいと頼まれたのか?」
(竜二さん……)
「……そうです。だからもう忘れて下さい。
彼の事は。これからはこの俺が貴方のお傍におります」
竜二は少し車椅子を押し進めた。
「兄貴……」
「若が退院する時にこれを渡してくれ」
竜二は首から下げていた物を朋也に手渡した。
鎖の先にあるものはどこかの鍵。
「これは……?」
「新居の鍵だ。
もう、ここには帰って来づらいだろ」
「わかりました。お預かりします」
朋也はそれを受け取りハンカチに包んだ。
「若の退院までに搬入済みの俺の荷物はトランクルーム
へでも移しておいてくれ」
「……はい。責任持ってやらせて頂きます」
「んむ。少し……1人になりたい」
「はい。暗く寒くなる前に戻って下さいね?」
「わかった」
朋也は一礼して歩いて行くと、
もう1度竜二を振り返った。
しばらくじっとしていた竜二は拳を振り上げ、
そして自分の役に立たない両足を何度も殴りつける。
竜二の足は綱吉を奪還した帰り大河内の側近に刺され、
場所が悪く脊髄を損傷していた。
さらに処置が遅れたせいで徐々に動かなくなっていた。
「くそっ! くそっ!」
(竜二さんっ)
朋也は見ていられなくなって
駈けていこうとするがその体を去って行ったはずの
蒼汰が抑えこんだ。
「離してくれっ!行かないと」
「やめておけ。兄貴もあんな姿、
誰にも見られたくはないはずだ」
「でもっ ――」
蒼汰は朋也の体を背中から抱きしめる。
「もうやめとけって……頼むから」
ガシャンっと音が鳴り、
2人が音のする方を見ると竜二は車椅子から
転げ落ちていた。
(竜二さん……っ)
紅葉の絨毯の上でそのままゴロンと横になって
動かない。
ほんの少し肩が揺れているのがわかる。
2人はそんな竜二をいつまでも遠巻きに見つめていた。
ともだちにシェアしよう!