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第43話 過ぎゆく時間(とき)の中で

「よ、退院おめっとさん」 「あつしぃ、迎えに来てくれたのか?」 綱吉は記憶障害を除いては順調に回復し、 退院の日を迎えていた。 「あたぼーよ! これお前に渡してくれって。 今そこでなんだか茶髪の兄ちゃんが……」 (もしかして朋也さん?) 綱吉は封筒を受け取ると中を開けてみた。 チャリンっと何かが落ちる。 「か、ぎ? これ何処のだろ?  なんで朋也さんが俺に?」 同封されているメモにはどこかのマンションの住所が 書かれている。    綱吉はとっさに病院の玄関に向かって走り出した。 「お、おいっ、ツナっ」 あの目覚めた日から朋也は綱吉の前に 1度も姿を見せなかった。 ただ名無しで豪華なフルーツバスケットや 綱吉の好きそうな甘味の詰め合わせや 高級料亭の折り詰めやらが毎日欠かさずに 届けられていた。 (きっと朋也さんに違いない。  最初意識が戻った時、病室内を華やかに彩っていた  季節の花々もたしか「社長から」だって言ってたけど  どちらにしてもひと言お礼が言いたい。そして――)  ≪なぜ俺にここまで親切にしてくれるのか?    も、教えてほしい≫ 綱吉は待合室を抜けるとスリッパのまま表へ出る。 丁度、朋也の乗った黒塗りの車が動き出したところ だった。 「ま ―― 待って。朋也さんっ」 「おい、若が何か言ってるぜ?」 「いいから出せ」 綱吉は車の前に飛び出し 蒼汰は思わず急ブレーキを踏んだ。 キキキッ 窓がウィーン……と開く。 「あっぶねぇだろうがよ、このバカ綱吉っ!」 蒼汰に怒鳴られる。 「ご、ごめんなさいっ」 (あれ? この人も俺の事知ってる?) 「あの……おれ、松浪綱吉と言います。朋也さんと 一緒におられるって事は。もしかしたら貴方が  "社長さん"ですか? いつも色んな差し入れして  下さっていた方ですか?」 綱吉は大きな目を見開いてハァハァと息を切らしながら 蒼汰に聞く。 蒼汰は黙り込み、そして朋也を見た。 「何言ってんだ?」 「あのぉ……もしもし?   社長さん?(――じゃ、なかった?)」 プップーと後がつっかえているのか 後ろの車にクラクションを鳴らされる。 「なんかわからねぇけど、乗れっ! 綱吉っ」 「ちょっ ―― 蒼汰っ」 「わっ!」 朋也が止める間もなく、 蒼汰が窓を全開にして綱吉を窓からひっぱり込むと 車を進めた。 「おいっ、ツナぁ。 この荷物どうすんだよっ、おいっ!」 バックミラー越しにあつしが何か叫んでいるのが 見えた。 (思わず乗っちゃったけど……この2人って  普通の人?) 綱吉はチラチラと2人を見比べる。 (たしかに普通じゃない感じの人だけど  2人とも俺の事を知ってる。  それになんだか落ち着くというか……  前から知っているような ――   変な気分がする) 「で? どういうことよ。ともちゃん。 そろそろ説明してくれてもいいんじゃねぇの?」 「……」 「俺は綱吉が離れたいって言って、 離れる事になったって兄貴からは聞いてたけど?」 「俺が誰と離れたいと言ったのですか?  因みに俺、兄はいません。1人っ子なので」 全然話が噛み合わない。 「……どういうことだよ」 「記憶喪失 ―― なんだよ。ツナさんは」 「記憶……喪失? ―― って今、自分で名乗ってた じゃねぇかよ。あっ、でも ―― 九条とは 言わなかったな……」 「部分的に記憶が欠落している。それも……」 竜二の事が頭に浮かぶ。 「ここ数年の間の記憶が重点的に抜けてるらしい」 「……」 蒼汰は思わず固まる。 「マジ、かよ……」 「それは先生から聞きました。父さんも、 すでに亡くなっていると」 綱吉は下を向いた。 「なのに全然その間の記憶がなくて……俺自身凄く 戸惑っています。正直お2人の事もわかりません」 「……」 「だからってわけじゃないですけど、その間の俺の事 いろいろ教えて貰えませんか? もしかしたら聞いているうちに何か思い出せる かもしれない。 何か ―― もっと大切な事を忘れているような、 そんな気がしてならないんです。 朋也さん、さっき俺にくれたやつ、 アレ何処かの家の鍵ですよね?  それってかなり親しくさせて貰っていたと言う事 ですよね? お願いします。教えて下さい」 朋也は目を瞑った。 ---------------------------------------------------- 『何か……もっと大切な事を忘れているような…… そんな気がしてならないんです』 ----------------------------------------------------- 「お断りします……思い出さなくていい事もある」 (え……?) 「おい、朋也」 「蒼汰、元町のマンションに向ってくれ」   (どうして? 朋也さん) 蒼汰は朋也の顔を見るが、 朋也の目は正面に向けられたまま動かない。 まるで能面のように無表情だった。 蒼汰はため息をついてそれ以上何も言わなかった。 そうしている間に竜二が綱吉への気持ちを自覚した時、 一緒に住もうと購入したスウィートホームに車が着く。 「着きましたよ、綱吉さん。部屋はここの最上階です」 冷たく朋也は降りるように促す。 「ありがとう……ございました」 綱吉はそう言って車を降りると、 追うようにタクシーが走ってきて降りてきたのは あつしだった。 「お前、荷物と俺、置いていくなよなー」 「ごめん ごめん」 綱吉は朋也を見るが朋也は綱吉を見る事もなく、 蒼汰に車出すように告げ車は走り去る。 (朋也さん、それに今の車を運転してたあの男の人も、  何か知っている。  俺の空白の時間にあった何かを ――) 知りたい……。

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