「コイ」 ……誰だっけ、こいつ。 ……俺、あのうるせー店で、しつこいゲス野郎にずっと絡まれてて……。 こいつが、この人が、助けてくれたんだっけ？ 「かわいいな、お前」 なんか変だな、この人の後ろにまだ誰かいんのか？ ……いや、違う、あれ、鏡……天井に鏡？ なんかラブホみてー……。 みたい、じゃない、ここは紛うことなきラブホであった。 鏡張りのルーム、特大ベッドですやすや寝ていた眠り男子姫、やっと完全に目覚めた。 片肘を突かせて添い寝している、今夜初対面の巽をまじまじと見つめた。 「お前が俺を誘ったんだぞ」 わけもわからずにただ見つめることしかできない紅唯千に、辰巳は、手を伸ばす。 ファンデのりがすこぶるイイ、うっすらチークの頬に、掌を宛がう。 「一晩かけて責任とりやがれ」 すっかりグロスのとれた唇に乾いた唇が重なる。 ギシリ、おもむろに軋むベッド。 スーツを脱いだ黒シャツ姿の辰巳が華奢な紅唯千に完全、覆いかぶさる。 強張っていた唇を上下に押し開いてゆっくり口内を訪れた舌先。 溜まっていた微熱が乱される。 湧き上がる唾液ごと、竦んでいた舌を絡み取られて、ねっとりと縺れ合う。 「ん……ゃ……っ」 なんだこれ、すっげーきもちいい。 初対面の男にちゅーされて、俺、感じてる。 濃厚キスを続ける辰巳の真下で紅唯千は切なげに身悶えた。 ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開けば、薄目がちな鋭い眼差しとぶつかって、これでもかと胸が高鳴ってしまう。 次に、そんな自分を写し出す天井鏡が視界に入って。 体格差ある辰巳に押し倒されて、キスされている自分の姿に、ぎょぎょぎょっとしてしまう。 十代高校生には少々刺激が強すぎる。 急に俯いてしまった、そのえろ軽そうな外見とは裏腹、まっかになって震えている紅唯千に辰巳は低音ボイスで問いかけた。 「どうした」 「か、鏡……」 「ああ、ここしか空いてなくてな、集中できねぇか」 「……うん」 「確かにガキには刺激が強ぇな」 「あっ！？」 「これでいいだろ」 ネクタイで辰巳に目隠しされた紅唯千。 前にもまして心臓がバクバクバクバク。 そうして紅唯千の脳内を満たした、不安。 この人、女装した俺をガチ女子だって絶対思い込んでる。