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二人っきりの時間も当然楽しくて仕方なかったが。 箱庭の露天風呂だって雰囲気満点だが、本館にある大浴場にも興味を引かれて。 「行ってきてもい?」 目をキラキラ輝かせて尋ねてきた紅唯千に辰巳は肩を竦めてみせた。 「俺もついてく」 「一人で大丈夫だしッ。それに辰巳さんはあっちのお風呂入れないじゃん? 刺青アウトだろーし」 「脱衣所で待ってりゃあいいだろ」 「や、やめなよ、男前の変態って思われちゃうよ」 「美沙都と亜難、脱衣所に待たせとくか」 「そんなん悪いしッ。大体、俺、当たり前だけど女装しないで行くからさ、何も問題ないってば」 「……」 意外と過保護だよな、辰巳さん。 メークを落として浴衣に着替え、さっぱりした身なりになった紅唯千は客の行き来がちらほらある吹き抜けの渡り廊下を進んで本館をのんびり目指していた。 そりゃあ年下の高校生だけど、俺、ガキじゃねーもん。 一人で風呂行くくらいで、ついてくとか、美沙都さん達つけるとか、どんだけ俺のこと気遣ってくれてんだろ、ウヒヒ。 案内図で大浴場の場所を把握していた紅唯千は最上階に向かうためエレベーターホールへ。 二十代後半らしき男女のカップルが待っており、他には誰もいない、お邪魔になったなーと思いつつちょっと離れてエレベーターを待つ。 激しくいちゃついてんな、こいつら。 うわ、ちゅーした、部屋まで待てねーのかよ。 まぁ辰巳さんも人前で耳噛んできたりすっけど、あれ、俺も人のこと言えねーじゃん。 あ、もう一人来た。 何となくよかったかも、カップルと自分だけなんて、ちょっと居た堪れねーし……。 ……。 ……この人なんで包丁持ってんの? まぁ、つまり。 タイミングの悪いことに紅唯千は他人の修羅場に居合わせてしまったわけで。 カップルのうち女性は既婚者、浮気を疑っていた夫が不倫旅行真っ最中の妻を追ってきたわけで。 「や、や、やめよーよ、危ないよ、ソレ離そ?」 何故か怯えるカップルと怒れる夫の間に入る羽目になった。 ウソだろ笑える、こんな展開アリですか神様。 ぜんっぜん大丈夫じゃねーよ、コレ。 本館になんか来ないで部屋で箱庭風呂に入ってりゃあよかった。 つーか後ろでガクガク震えてばっかいないで誰か呼んでこい不倫バカップルが!! 「わわわっ」 怒れる夫が立ち塞がる自分を追い越して怯えるカップルに向かおうとし、紅唯千は慌てて食い止めた。 めちゃくちゃ怖いが、自分だってガクガク震えっぱなしだが、誰かを呼びたいと思うものの大きな声を上げたら相手の神経を逆撫でして、ブスリ、なんて勘弁で。 でも何とかしなければと思った。 「あわわわわわ」 さすがに自分目掛けて包丁を翳された際には恐怖倍増、腰が抜けそうになり、ついつい目をぎゅーーーっと閉じてしまって。 しかし悲鳴を上げたのは紅唯千でもカップルでもなく怒れる夫自身だった。 ぎゅっと閉じていた目を怖々と開いてみれば。 怒れる夫の片腕を捻り上げた辰巳の姿があった。 包丁を取り落した男の何倍も上回る殺気に鋭い目を侵食させて。

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