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「貴方、指十本もいらないでしょう、耳だって、二つなんてもったいない、こっちの縄張り(シマ)にコソコソ忍び込んできた田奴鬼の三下ちゃん、鬼津子組の飼い猫と血塗れになるまで遊びましょう」 「……ドラム缶で生コン水葬か、火葬か、どっちがいい」 組長、小縣辰巳の元、敵対する相手には容赦なくイカれた狂気を奮う若頭二人。 「亜難、今日も頑張った僕をヨシヨシしてください、イイコイイコしてください」 「……食い終わったらな、美沙都」 二人は付き合っている。 「おつかい?」 「……ああ、遠方になる」 「僕も行く」 「……今、田奴鬼とは一触即発状態だ、俺もお前も最前線から抜けたら誰がアイツを支える」 「僕も行く」 「……一週間か二週間か。それだけ<待て>ができたら……ご褒美をやる」 「ご・ほ・う・び」 「……ああ。代わりにオーナーを……小縣を頼む」 華やかなスイーツバイキングの片隅で亜難に真摯に希われて美沙都は「フンだ」とそっぽを向くのだった。 雨の降り頻る夜に亜難は帰ってきた。 一つの大陸の裏社会を牛耳っている犯罪シンジケート、国際刑事警察機構ですら全貌を掴み切れていない、どす黒い闇に蔓延る魑魅魍魎にも等しい絶対的君主と商談を交わし、進捗は上々、次回取引のアポという手土産まで得ることができた。 「……ただいま」 美沙都と一緒に暮らしている亜難。 高層マンションの一室に帰宅してみれば真っ暗な室内からの返答はない。 自分と交わした約束通り、辰巳のそばにいるのだろう、亜難は然して気にするでもなく一先ず風呂に入ることにした。のだが。 「ッ……」 部屋と同じく真っ暗だった浴室の明かりを点け、扉を開くと、乾いた浴槽の中で眼鏡をかけた美沙都がスーツ姿のまま丸まっていた。 冷えた浴槽はまるで棺桶さながら。 手足を縮めて目を瞑っている姿は亡骸のようで。 さすがの亜難も驚いたが、懸念が俄かに鎌首を擡げ、次の瞬間には開放感ある浴室へ突進した。 祈りを捧げるかの如く跪く。 眠りスーツ姫を抱き起こす。 「ん……」 亜難は安堵した。 本物の亡骸と化していないことを確認した彼は、浅くため息をつき、美沙都を揺さぶった。 「……お前、何してる、美沙都」 「ぅぅ……あにゃん……?」 「小縣を見てくれてるんじゃなかったのか」 浴槽に入り込んで自分を抱き起こした亜難に美沙都は擦り寄った。 当然、入浴するつもりで全裸になっている恋人の背中に爪を立てた。 「待っても、待っても、亜難、帰ってこないから」 「……それでどうしてこうなる」 「オーナーに、今日はもう帰れって言われたから、帰ってきた」 「……」 「部屋、広すぎて、亜難、いないから……さみしくて……ここにいたの」 亜難不足で情緒不安定になって幼児返りしかけている美沙都は容赦なくしがみつく。 硬質の皮膚に食い込む爪先。 がむしゃらな抱擁を煙たがるでもなく、亜難は、細身ながらもスーツを着用して窮屈そうに縮こまっていた美沙都をあやしてやった。 「お前、三ヶ月どころか三日間ももたないのか……」 「あにゃーー……ん……スンスン……」 愛しの亜難に抱きしめられて、亜難の匂いを胸いっぱい吸い込んで、美沙都はようやく落ち着きを取り戻した。 「……ガジガジ」 「……乳首を噛むな、美沙都」 「あにゃん、ご褒美」 長めの前髪をさらりと乱し、レンズ越しに上目遣いに澄んだ双眸に見つめられて、亜難は肩を竦めてみせる。 「小縣のお守り、それでできたって言えるのか」 「ご・ほ・う・び」 「……ご褒美は俺だ」 ガッカリするどころか。 美沙都は笑った。 感情の起伏が読み取りづらい、無表情でいることが多い彼の貴重な笑顔だった。 「やった。亜難、独り占め。一生、僕の」 「……一生のご褒美じゃない、美沙都」 「僕、頑張っていいお嫁さんになるから。ダントツ床上手になるから」 「……もう十分だ」 涙がこびりついていた美沙都の白い頬に亜難は意外なくらい優しく口づけるのだった。

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