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「よかったぁ……ううううう……!」
壁に埋め込まれた間接照明は最低限の明かりに絞られてほの暗い寝室。
ラフなTシャツにハーパンという部屋着姿の組長彼氏は、制服姿でどこからどう見ても男子高校生の紅唯千が泣きじゃくる姿に、ちょっとばっかし呆気にとられた。
「……亜難、てめぇコイに何て言ったんだ、俺がヒットマンに襲撃されたとか抜かしたのかよ」
「夏風邪はヒットマンよりタチが悪い、危険だ、小縣」
「……だから、オーナーって言え……お前にそう呼ばれたらスポ根時代思い出すんだよ、亜難キャプテン……」
へぇぇ~~、辰巳さんと亜難さん、同じ学校で、同じ部活をしてたってことか、今はなんか物騒なことやってるみたいだけど、二人とも、昔は俺とそんな変わらないノーマルな十代を送ってたのかな~。
じゃねぇ。
夏風邪って。
辰巳さん撃たれたとかじゃなくて夏風邪引いてダウンしたんだ?
「ぶはっ……なーんだ……心臓止まるかと思ったのに夏風邪とか、心配して損した」
辰巳の無事を確認して落ち着きを取り戻した紅唯千、罰が悪そうに照れ笑い、涙を拭ってベッドから降りようとした。
「ごほっ」
……まぁ、確かに夏風邪ってタチが悪いよな。
「だ、大丈夫? そんな調子悪ぃの?」
「熱が下がらない、三日間この調子だ」
「亜難、余計なこと言うな……そもそも、勝手にコイをウチに呼びやがって……」
「看病を頼む」
「えっ?」
「おい、亜難、次から次に勝手な真似すんじゃ……ごほごほっ」
当初の膨大な不安は薄れたものの、紅唯千は咳をし続ける辰巳を心配そうに覗き込んだ。
そういえば声嗄れてる、辰巳さん。
体も熱かった。
いっつも何か忙しそうだったから、疲れがどっと来たのかもしんない。
「コイにうつしたら堪ったもんじゃねぇ……送ってやれ、亜難」
もぞりと体を起こした辰巳は紅唯千をベッド外へ有無を言わさず追いやった。
自分を気遣ってくれる組長彼氏に胸キュンキューーーーーンしつつも、紅唯千は、ちょっと淋しくなった。
「そろそろ時間です、亜難」
寝室を出れば開放感に満ち満ちたリビングにもう一人の若頭・美沙都がスーツ姿で立っていた。
ローテーブルに無造作に置かれたスーパーのレジ袋。
玉ねぎやジャガイモがゴロゴロ転がり出ている。
L字型のソファには様々なショップ袋がこれまた雑に放置されていた。
「うぇぇ、暑くねーの、美沙都さん」
第一ボタンも外さず、ネクタイをきちんと締めた美沙都は地味眼鏡をかけ直すと紅唯千と向かい合った。
「後はよろしく、紅唯千君」
「えっ。でも、辰巳さん、帰れって」
「僕と亜難はこれから中華街で会合なので」
「えっ。中華街で観光。いいな~」
「カレーの材料は揃えてます」
「えっ。病人の辰巳さんにカレー食べさせんの? 重くない?」
「……エビも用意したか、美沙都」
「ハイハイ、用意しました、剥き甲斐のありそうなご立派なエビちゃんたちですよ」
「……後は頼む」
「えっ。だから、辰巳さん、俺に帰れって」
スクバを抱きしめて困惑している紅唯千に亜難は言う。
「……小縣のそばにいてやってくれ」
頭を撫でられた紅唯千は181センチの辰巳よりも2センチ高い亜難をまじまじと見上げた。
「亜難はオーナーを特別扱いし過ぎです、僕にもイイコイイコ下さい」
「……俺の中でアイツはいつまで経っても後輩なだけだ……行くぞ、美沙都」
「えええっ、ちょっ、待って、俺一人で看病っ? てか俺ここいていいのかなぁっ? 怒られない!?」
「君のために色々お洋服も買ってきたので」
「えっ。うっそ!」
「それじゃあオーナーをお願いします」
若頭二人は堅気ど真ん中な男子高校生に組長のことを頼んで会合へ出かけて行った……。
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