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第71話
何も言わず、俺の方を見もしないで祥馬は個室から出て行った。
俺は崩れるように座り込んだ。
こぼれた涙はポタリとズボンに落ちて、小さな染みを作った。
始業のチャイムが鳴って、俺はようやく立ち上がった。
そして、鏡に映る首の鬱血と、歯形。
歯形からはじんわりと血が滲んでいる。
指先で触れると、ピリッと僅かに痛みが走った。
傷はそこまで酷くはないのに、痛くて苦しくて、また涙が溢れた。
「っ…ぅ……」
痛いのに、もうボロボロなのに、それでも、祥馬を嫌いになんてなれない自分が嫌になる。
「嫌いになれたら、楽になるのかな…」
叶いもしないことを呟いた時、足音が近づいてきているのに気付いた。
どうしようと思った時には、その足音の人物はトイレの中へと入って来ていた。
「瑛翔っ!」
いつも、俺が辛い時に、来てくれる。
最近弱いところばっかり見せてる気がする。
「佑嗣…」
目が合った瞬間、酷く顔を歪めてそして俺を力強く抱きしめた。
「瑛翔っ…大丈夫?」
「俺さ…自分がこんなに泣き虫だったなんて知らなかったよ」
今はただ、何も考えず、佑嗣のぬくもりを感じた。
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