159 / 260

第159話

Another story side-鷹来珀音- 以前、教室で久城は神代をカッターで傷つけようとしたことがあった。 あの時は俺がタイミング良く教室に戻れたから、神代は大した怪我もせずに済んだ。 『さすがに傷害沙汰になるのはまずいんじゃない?それで傷つけたら神代は久城にやられたって言えないかもしれないけど、俺は言うよ?』なんて言えば、久城は引いた。 でも、今回はその時とは状況が全然違う。 俺は立ち止まるしかなかった。 黙って見てるしかなかった。 俺と二人の間には距離がある。 この距離では俺が近づくよりも先に、久城が神代を傷つけられる。 何もかも、久城が上手だった。 もしかしたら久城は、俺の気持ちに気付いたのかもしれない。 結局俺は、神代を助けることが出来ず、満足した久城が部屋を出て行くまでそこから一歩も動けなかった。 久城がいなくなってやっと、俺は神代に近づいて、縛られていた手首のコードを解いた。 そこは薄っすら赤くなっていた。 「全部、嘘だったの?」 その声は震えていて、俺は神代を見れず目を伏せた。 この行為が、神代をどれだけ傷つけたのか、俺は気づけなかった。 「……全部嘘だった。全部わざとで、全部計算だったんだ。ごめん…。でもっ」 「もういい。聞きたくない」 "でも、今は違うんだよ" その言葉を、紡がせてはもらえなかった。 視線を上げれば、神代の頬には涙が伝っていた。 あぁ…、傷つけてしまった。 こんな形で、言いたくなかった。 「つ、……せめて、その傷の手当て…」 首の方へ手を伸ばしたら、思い切り叩かれた。 そして俺を睨む。 「触んないで」 「神代…」 苦しかった。痛かった。手も、心も。 触れることすら、拒否された。

ともだちにシェアしよう!