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 風呂からあがり、少し冷ましたほうじ茶を一緒に飲みながら男の子に聞く。 「お名前はなんていうの?」  今さらだけど、あまりに突然のことでそこまで気が回らなかった。善は聞いたかも知れないが、俺と入れかわりで風呂に入っている。  男の子は両手でマグカップを持ちながら、小さな声でこたえた。 「とおやまゆうご」 「ゆうごくんか。どんな漢字を書くかは、わからないよね?」  幼稚園児くらいの子に聞いても難しいよな。そう思っていたのに、ゆうごくんは、わからないなりに説明をしてくれた。 「みんなをやさしくまもって、みんなからも、まもってもらえるような、やさしいひとになりなさいって、それがゆうごのなまえにこめたねがいなのよって、ママがいってた」 (優しくまもって、か。名前の響きからすると、「守」じゃなくて「護」だな。とおやまは、遠山でいいだろう) 「いい名前だね」 「ふふ、おーちゃんがね、つけてくれたんだって!」 「おーちゃん?」 「ちがう、おーちゃん!」  繰り返し言いながら泣きそうな顔になっていく優護くんを見て、俺も切なくなる。わかってあげたいけど、何度聞いてもおーちゃんにしか聞こえない。名前をつけるくらいだから、他人ではないはずだ。  候補を頭の中で浮かべていると、風呂からあがってきた善がタオルで頭をふきながら優護くんの前にしゃがみこんだ。シュンとした優護くんの頭をポンポンとなで、柔らかい声で言う。 「優護くんが言ってるのは、父ちゃん、だよね。何の話してたの?」 「あ! 父ちゃんか。いい名前だったから、誰がつけたのか聞いてたの。さっきお母さんのことママって言ってたから、父ちゃんは思い浮かばなかった」  優護くんはやっとわかってもらえて安心したらしい。一度フニャッと笑うと、うつらうつらし始めた。まぶたが少しずつ落ちてくる。 「もう寝ようか。歯磨きは明日すればいいし」  善は歯科の先生らしからぬことを言って、優護くんを抱え上げた。寝室として使っている隣の部屋に連れていく。八畳の部屋には大きめのクイーンサイズのベッドに優護くんを寝かせ、髪を乾かしに洗面所に戻っていった。  優護くんはまだ半分起きかけのようで、目を閉じたり開いたりしている。  俺はベッドサイドに座り、優護くんの体をぽんぽんと優しくさすりながら、母さんから聞いた昔話をすることにした。 「昔々あるところに、じーじとばーばがいました。じーじは山にイノシシをとりに、ばーばは川でジビエ料理の準備にとりかかりました。そこに熟成肉がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。管理が悪くて腐っていたので、ばーばは無視して、ナイフを研ぎつづけました。めでたしめでたし」  優護くんはいつの間にか眠りに落ちていた。小さな寝息を立て、深い呼吸にかわっている。途中優護くんの眉間にしわが寄ったように見えたのは、きっと俺の気のせいだろう。

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