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 盛るんじゃねぇと言ったのに再び動きだした手を、チカラいっぱい握りしめる。明らかに作りものだとわかるであろう笑顔で善に微笑みかけた。 「お手々はお膝な? ガキじゃねぇんだから、わかるだろ?」  善の無駄に端正な顔が痛みにゆがんだ。 「まこ、痛い! 自分の握力考えて! 明日手首が痛くて仕事できなくなったらどうするの? トイレに行けなくなったらお手伝いしてくれる?」  力を入れすぎたかもしれないと心配する必要はなかったらしい。善だって男だし、俺よりタッパがあるからそんなにやわじゃないだろう。運動もしていないのに、しなやかな筋肉がついている。油断したら痩せていく俺とは作りが違うのだ。 「無駄口たたく余裕があんなら平気だろ。多少痛くても、チンコくらい自分で握れ」 「ひど〜い」 「ひどいのは0時過ぎてんのにアホなことほざいてる善だろ。付き合ってらんねぇ。もう寝よ寝よ。……あ、そういえば」 「ん?」 「さっき“あとでね”って言ってたの、優護くんの発音のことだよな」  善のアホな発言のせいで、大事なことをすっかり忘れていた。やはり優護くんの発音は、話す言葉の内容よりもずいぶんと幼く聞こえる。 「そうそう。まこ、ちょっと不思議そうにしてたから」  寝室の電気を消して、リビングに移動する。  歯科領域じゃ珍しい病気じゃないんだけどね、と前置きをして、善は説明してくれた。 「クリニックで口の中を見せてもらったんだ。唇だけに亀裂があるか、上顎から口蓋垂(こうがいすい)――のどちんこのことね。その周辺まで亀裂が生じてるかで発音に影響が出るかある程度決まるんだけど。優護くんの場合は、亀裂が口蓋垂の周辺にまで達してる。発音する時に、本来口から出なきゃいけない息まで鼻のほうに抜けるから、特徴的な発音になるんだよね。特に口の中に圧がかかりやすい破裂音――『ぱ』とか『ば』、『か』行、『た』行なんかは顕著だね」 「その病気? 障害?って、治るんだよな?」 「手術と訓練で治る人もいれば、治らないまま大人になる人もいる。少なくとも、今よりは改善する病気だよ」 「……ふぅん。つーか、善って、ちゃんと真面目に勉強してたんだな。見直したわ」  今まで病気の話なんて聞いたことがなかった。善のお父さんと顔を合わせるのが気まずいので、働いている姿も見たことがない。  善は真剣な表情をくずして、口をあんぐりとひらいた。眉間に皺がよっていく。 「今さら? 俺、国立大出て、そのまま大学病院でしばらく働いてたんだけど!」 「疑ってたわけじゃないけどさぁ……普段の発言からして、まともに社会人やってるかどうかも怪しいじゃん。大丈夫? 職場の人間関係とか。俺の自慢話とかしてないよね?」  思い返してみれば、高校時代から善は思考回路と行動がぶっ飛んでいた気がする。同じ学校の人がごったがえす駅のホームで俺のことを好きだと言ったり、抱きついてきたり。果てには学校の先生に俺の可愛さを説いたりしていた。三つ子の魂百までというし、やらかしていても不思議じゃない。  善は拗ねたような表情になった。 「まこに怒られるから、お口にチャックしてるもん。本当は自慢したいけど我慢してるも〜ん」 「もん、じゃねぇよ。それが普通なの」  ほめてほめて、と頭を差し出してくるアホに、俺の不安は拭いきれなかった。

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