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朝の我が家は戦場である。
「おい、いつまで寝てんだよ」
俺は熱したフライパンに卵を落とすとリビングに行き、冬物の掛け布団を敷き布団がわりにして寝ている善を叩き起こした。クイーンサイズのベッドに大人2人と4歳児が寝るのは少し厳しかったのだ。
次につりっぱなしだった作業着をハンガーから外し、足を通す。
爆発した頭で、善はむくりと起き上がった。寝癖がついていようが無精ひげがはえていようが、様になるところがムカつくんだよな。……善にじゃなく、いちいちキュンとしてしまう自分に。
善はフニャっと笑うと、俺に向かって大きく手を広げた。
「まこ~。おはようのチュウは~?」
「今日はチュウは無しな」
「日課なのに? しなきゃしないで、まこからおねだりしてくるのに?」
「あー、もう! 優護くんの前でそういうこと言わないの!」
子供の前でキスがどうとかふざけたことを抜かす善のおでこを手で叩く。
近頃では同性カップルを見かけることも少なくなくなってきたが、いくらなんでも男同士のキスシーンなんて見せられたらトラウマものだろう。朝からやたらとレロレロしたのしてくるし。
善がスンと鼻を鳴らした。
「なんか、焦げくさくない?」
善に言われて、目玉焼きを作るためにフライパンを火にかけっぱなしにしていたことを思い出す。急いでキッチンに行き、コンロの火をとめる。ぱっと見は平気そうだが目玉焼きをフライ返しで持ち上げてみると、裏側は焦げて真っ黒になっていた。
「あーあ、やっちゃった……」
裏側だけこそげ落とせば食べられるかとフライ返しで削ってみる。皿の上にのせてみたものの、人に食べさせるにはあまりにも悲惨な見てくれだ。白身はボロボロだし、黄身はつぶれてしまっている。
もう、パン……パンだけでいいよな。たしか納豆が冷蔵庫にあった気がする。納豆パンにしよう。口が臭いなんて文句は言わせない。歯を磨けばいいだけだ。
食パンをトースターにセットし、洗面所に行って顔を洗う。髪を整えてキッチンに戻ると、ちょうどパンが焼きあがったところだった。
社会人になって一人暮らしを始めてから、料理はずいぶんと手抜きになった。実家で父さんと暮らしてた頃は毎日手間をかけて料理していたのに。
納豆on the食パンをのせた皿に、気休め程度にミニトマトを添えた。3人分の皿をリビングのテーブルに置き、寝室でぐっすり眠っている優護くんを起こす。
「優護くん、朝だよ」
「……んー」
優護くんは肩を揺すっただけで体を起こしたが、
「おい。善、とっくに朝だぞ」
善はというと、
「ねぇ、まこ。白雪姫は王子様のチュウで目覚めるって知ってた?」
そもそも起きる気がないらしい。未だにキスをしろと駄々をこねている。面倒くさいから放っておこう。
優護くんの皿の横に温めた牛乳を置き、テレビのスイッチを押した。番組は、普段なら絶対に見ない教育テレビ。
優護くんがテレビに集中し始めたのを確認すると、俺は布団をかぶって拗ねている善の耳をひっぱった。優護くんに聞こえないよう小声で言う。
「キスしてやっから、洗面所までこい」
善は飛び起き、俺よりも先に洗面所に向かっていった。室内じゃなければスキップしていそうな足取りだ。現金なやつ。そんなに早く行動できるなら、勿体つけてないでさっさと起きてほしい。
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