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「……ん」
洗面所の扉を閉めて唇を差し出すと、善はジトッとした目で俺を見下ろしてきた。
「そんな投げやりなのじゃ、やだ」
「やだ、じゃないの。時間ねぇし、洗濯機のアラームが鳴ったら洗濯物干して、優護くんのご飯が終わったら身支度もしてあげなきゃなんねぇの。かわりに善が何かやってくれるわけ?」
善はしょぼくれた様子で肩を落とした。
「……ごめん。いつも家のこと、まこに任せっきりで」
あまりに落ちこむ善を見て、忙しいからといって八つ当たりしたことが申し訳なくなってきた。
小4で母さんが亡くなってからずっと家事をしてきた俺と違い、昔から親に勉強ばかりさせられていた善は、家事のスキルが全くといっていいほどない。そのかわり、頭の出来というものが高卒の――それも、学力だけでいえば最底辺の学校を出た俺とは全然違うのだ。
努力の方向性が違うだけで、どっちが偉いというものではないだろう。それに善が三十路を過ぎても家のことができないのは、俺が教えるのを面倒くさがって自分で済ませてしまうせいもあるかもしれない。
“できないからやってやってー!”とだだをこねる善に、安心してしまっている部分もある。俺は善に必要とされているのだと。
「いや、キツい言い方してごめん。……チュウ、しよっか。いつもよりディープなやつでも許してやる」
「許してやる、ね。最近まこ、ツンツンしすぎじゃない? 前はもっと可愛かったのになぁ〜」
善は俺の目を覗きこんで、意味深に笑った。
「前って、いつだよ」
「前は、前〜」
今は可愛くないと言われているみたいで、少し切なくなった。もどかしくなりキスをしようとすると、思いっきり顔を背けられる。背けられただけでなく顎まで上げられると、平均身長を20センチ近く上回っている善の唇には到底届かない。
もう一度チャレンジする前に気が付いた。善の口元がニヤついている。
「……好きだよな、俺のこと、じらすの」
「えー? 何のこと〜?」
善は再び俺を見て、唇を尖らせた。適当なメロディーで口笛まで吹いている。
「うわっ、白々しい。どうせ不安を煽れば積極的になるとか思ってんだろ」
「ンフッ。不安になってる時のまこ、いつもよりエッチくて、たまんないんだもん」
善は下卑た顔で笑った。イケメンが台無しとはまさにこのことだろう。
「今日は、騙されねぇ」
「……ふぅん」
善は俺の唇を指でなぞり、そのまま顎を掴んで上を向かせた。
「まこ、キスしたかったら、ベロだして誘って。それとも、日課だった朝のチュウ、もうやめる?」
どっちか選べということらしい。キスができなくなるのは嫌だ。とはいえ、舌をだして誘えって、なんか、あからさますぎないか。
恥ずかしくなって、善から目をそらした。
「……じ、時間。マジで遅刻する」
「洗濯物は俺が吊るし、優護くんの支度もする。それに、いつもだいぶ余裕持って出てるでしょ」
日によって遅い車に前を走られることがあるので、善が言うように時間に余裕を持って家を出るようにしている。会社に着いてからコーヒーを飲む時間を削れば、多少家を出るのが遅れても大丈夫だ。
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