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 まこを見送ると、優護くんの待つリビングへと戻った。自分で食器をキッチンまで持っていったらしく、テーブルの上にはまこと俺の手付かずの皿しか残っていない。  クリニックで年齢を聞いた時、優護くんは4歳だと言っていた。4歳の子がここまでできるものなのだろうか。  昨日優護くんの口の中を見せてもらったが、丁寧に歯磨きがされていた。病気のせいで極度に歯並びが悪いにも関わらず、虫歯もほとんどない。定期的にメンテナンスをしなきゃいけない発音のための補助装具も優護くんにベストな状態だった。最低でも月に一度病院に通わなければ合わなくなってしまうのに。この近辺に住んでいるとするなら、病院まで片道2時間以上はかかるだろうか。  だから、まこが心配しているであろう虐待や育児放棄をされている可能性は低い。虐待をする親ならそこまで手をかけることはしないだろうし、髪や服装など見た目でわかる部分はとりつくろっていても、口の中まで気が回らないことが多いのだ。  それなのに、この違和感はなんだろう。優護くんは年齢のわりに妙にしっかりしすぎている。  いい子で正座をして、テレビを観ている優護くんに声をかける。 「ご飯終わったなら、歯磨きしようか」 「ううん。たべるの、まってる」  俺の食事が終わるのを待っていてくれるらしい。出勤時間まではまだ余裕があるので、ありがたくいただくことにする。  朝食を食べ終え、2人で洗面所に向かった。優護くんと洗面台の高さが合わないので、洗濯かごの強度を確かめてから踏み台にしてもらう。 「子供用の歯ブラシないんだ。ちょっと大きいのだけどいい?」  シャンプーやデンタルケア用品のストックが置いてあるプラスチックケースから新しい歯磨きを取り出そうとすると、優護くんは「あっ!」と声をあげた。 「ママがね、よういしてくれてた」  優護くんはリビングに戻り、キャリーバッグから取り出したであろう歯ブラシを手に戻ってきた。持ち手の部分には、可愛いクマの絵がプリントされている。  一緒に歯磨きをして、磨き残しがあった部分だけ磨かせてもらった。交代で口をゆすぎ、優護くんの口元についていた泡を少し濡らしたタオルで拭き取る。 「あいがとー」  鼻に抜けた、舌ったらずの声で優護くんはお礼を言ってくれた。歯を見せて天使みたいな顔で笑っている。 「どういたしまして。それじゃ、着替えようか」  リビングに戻り、キャリーバッグから着替えを出してもらう。乱雑に詰め込まれてはいるが、必要なものはすべて揃っているようだ。  優護くんにバンザイをしてもらいながら、パジャマにしていたまこのTシャツを脱がせる。  まこに甘えたいからと、俺が色んな事をできない振りしていることをまこは知らない。  18歳で東京の大学に進み、そのまま東京で就職した俺が一人暮らしをしていた期間は、10年近くになる。高校生の時に苦手だった料理だって、とっくの昔にこなせるようになっていた。  だけど、“こんなこともできないの?”と、ぷりぷりと怒るまこの姿が可愛くて、つい、できない振りを続けていた。それに、そうすることでまこの根強い劣等感が少しでも消えるならいいと思っている。  とはいえ最近、まこの残業が4時間を超える日が続いていて、体力は限界を迎えていそうだ。そんな状況じゃ、「可愛い姿が見たいから」なんてふざけたことは言ってられない。  今夜はご飯を作って待っていよう。疲れている時に食が進みそうなものはなんだろうかと献立を考える。  出かける準備がおわり、部屋に鍵をかけた。 「じゃあ、昨日の歯医者さんまで一緒に行こうか」  手を差し出すと、優護くんは素直に繋いでくれた。パンパンマンの歌をうたいながら階段を降りる。  俺の車にチャイルドシートはついていないので、今日は実家の歯科医院まで2人でお散歩だ。

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