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第2話
翌日、智は暗い表情で机に突っ伏していた。千隼に騒がれて渋々いつもたまっている場所に行く。成雄はちらりと智を見やって、かすかに眉間にしわをよせた。
善也はあいかわらず弱々しく地面に転がっている。
なんてバカバカしい。千隼の蹴りと罵声に耐えるように俯いている善也は今までと何も変わらなかった。
智は校舎の壁にもたれて、ぼんやりとそれを見つめていた。
「おい智。いつもの威勢はどうしたんだよ」
千隼が訝し気にこちらを見た。善也がちらりとこちらに視線をよこす。ぎくりと体をこわばらせて視線をそらすと、「気分がのらねえ」と小さく呟いた。
成雄はじっと智と善也を見つめている。
少し青ざめて、智は善也に手出しができないこの恐怖に憤りを感じながらも、やはり動けずにいた。機嫌を損ねてあの写真をばらまかれたら全てが終わる。暑いはずなのにちっともそう思わない。むしろ寒いくらいだ。こめかみから垂れてくるのは冷汗か。
「俺眠いから保健室行くわ」
逃げるように善也に背を向けると、千隼は「つまんねー」とぼやいた。
何を言われようと、今までのように善也に暴力をふるうなんてことはもうできない。智が校舎に戻ろうとすると、成雄が肩に手をかけた。
「智、具合でも悪いの?」
「何でもねーよ」
成雄の手を軽く振り払うと、ポケットに手を突っ込んで歩いて行く。成雄はまだついて来ていた。一人残された千隼も面白くなくなったのか、最後に善也を蹴り飛ばして智の後を追ってきた。
成雄は顔を覗き込んで体を支えるように肩に手を回す。びくりと善也を振り返りそうになって、かろうじて思いとどまった。
「俺ついていくよ。千隼先に戻っといて」
「いいよ。余計な事すんな」
成雄は智の言葉にも千隼の不満の声にも取り合わず、結局保健室までついて来てしまった。
智の頭は恐怖でいっぱいだ。震えないように歯を食いしばる。成雄は誰もいない保健室でベッドに智を座らせると、しゃがみこんで見上げてきた。俯いているのに低い位置から顔を見上げられて、隠しようがない。心配そうな成雄の顔から目をそらせた。
「善也と何かあったの?」
ぎくりと、体をこわばらせる。成雄はよく周りを観察している。隠し通せるわけがないと思いながらも、ぼそぼそとつぶやいた。
「何もねえよ。何言ってんだ」
「でも……」
「いいから。俺眠いから出て行けよ」
「寝るまで一緒にいるよ」
成雄が智の手を握り、おかしなことを言ってくる。手を振り払うとぎこちなく息を吐き出して笑った。
「何キモいこと言ってんだよ」
成雄はまだ心配そうな顔をしていたが、突き放すように胸を押すと、何も言わずに出て行った。
ドアが閉まる音を聞いてから、智はがたがたと震えて頭を抱え込んだ。さっきの態度はよくなかったかもしれない。でもどうするのが正解なのか。今日はあの写真を盾にいったい何をされるのだ。また昨日のようにプライドをへし折られるのか。いやもう、プライドなんてかけらも残っていない。ただ怖い。怖くてたまらない。殴られたくない。逃げたいのに逃げられない。小さく嗚咽を漏らしてぎゅっと目を閉じると、シーツをぎりぎりと握り締めた。
からからと、ドアが開く音がした。
先生が戻ってきたのかと、慌ててベッドに横たわる。布団を頭まで引っ張って、寝ているふりをした。しかし声をかけてくる様子がない。いつもなら保健室のベッドを昼寝に使うなとどやされるのに。そろそろと布団を口元まで下ろすと、ベッドのそばに善也が立っていた。
大きな声で叫びそうになって慌てて口をふさぐ。しかし小さな悲鳴は漏れてしまった。ぐるぐると視界が回る。何でここにいるんだ。何してるんだこいつは。しつこくしつこく自分を追ってくるのか。
善也は智を見下ろして、低い声でぼそりと言葉をもらした。
「智くんさあ、どういうつもり? あんな態度とるから成雄くんに怪しまれちゃったじゃない」
さっと青ざめて、智は体を起こした。違うんだ。違うんだ。と、うわ言のように呟く。
「だってお前、殴ったりしたら……」
ふっと息を吐くように善也が笑った。室温が下がった気がする。かたかたと震えて善也を見上げた。
「大丈夫だよ。怒ったりしないから。僕智くんに殴ったり蹴ったりされるの嬉しいよ」
「……変態……」
思わず漏れた言葉に、善也は胸倉を掴んでぐっと顔を寄せてきた。ため息が頬をくすぐる。
「ねえ、今の自分の立場わかってる?」
もう血が全て失われてしまったんじゃないかと思えるほどに、全身が冷えた。すがるように手を伸ばし、善也の肩に触れる。
「わ、悪い……そんなつもりじゃ……」
「どんなつもりなの?」
「…………」
智はうなだれて善也の肩から手を離した。もうすでに手遅れかもしれないが、とにかく機嫌を損ねてはいけない。でも、へつらっていればこいつは満足するのだろうか。頭を抱えそうになった智の耳元で善也は囁いた。
「今日家に帰ったらお仕置きね」
どくりと心臓が大きな音をたてた。目に見えて大きく震えながら、智は善也に縋り付こうとする。しかし善也はさっさと手を離し、保健室から出て行ってしまった。うううと唸り声をあげる。今度こそ頭を抱え、智はベッドの上でうずくまった。じりじりと蒸し暑い空気の中、智だけが寒さに身を震わせていた。
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