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第2話-2

 階下で善也の声が聞こえ、智は思わず部屋のカギをかけてしまおうかとドアに飛びついた。しかし、そうした後の恐ろしさを思い描いてしまい、へなへなと崩れ落ちる。びっしりと額に汗をかき、智は顔を両手で覆った。がちゃりとドアの開く音が聞こえ飛びあがるが、智は俯けた顔を上げることができない。 「ひどいなあ、先に帰っちゃうなんて」 「ねえ」と乱暴に肩を押され、智は反動で上を向いた。善也は笑っていた。怒っている方がまだましだった。また室温が下がる。善也から目をそらした智のこめかみから汗が流れ落ちた。  善也は座り込んで智のネクタイを外すと、ぐるぐるとそれを手に巻き付けて丸め、無理やり智の口の中に押し込んだ。目を白黒させている智の両手は善也のネクタイで縛り上げられ、身動きが取れなくなる。ふっと息を漏らして笑い、善也は膝立ちになって智の髪を引っ張り上げた。 「智くんが悪いんだからね」  言い終わらないうちに、思い切り腹を殴られた。くぐもったうめき声を漏らす。耳元で「本当に一人じゃ何もできないね」と囁かれ、かっとなって善也を睨みつける。しかしもう一度腹を殴られ、「頭が悪いよねえ」とまた耳元で囁かれた。「弱いくせにいきがって」言いながら腹を殴られる。一つ一つの力はそれほど強くないものの、連続して殴られるのは耐えがたい苦痛だった。  腹を殴られては一言罵倒される。はじめは頭に来て睨みつけたりしていたものの、何度も何度も何度もそれを繰り返され、智の口の端からは唾液が垂れ、目の焦点は合わず、呻く声すら小さくなっていった。  胃の中のものがあふれでてきたが出口をふさがれていて窒息しそうになる。涙と鼻水にまみれた顔をよく見えるように善也が髪を引っ張りあげ、小さく笑った。かすむ視界にそれをとらえ、智はそのまま気を失った。  あまりの痛みと吐き気に智は飛び起きた。いつの間にかベッドに寝かされていたが、そのまま嘔吐してしまう。善也が「あーあ」と息を漏らす声が聞こえた。腹のあたりが熱く、胸が焼けそうになっている。何度も胃液を吐き、智は小さく呻いた。すすり泣き、ぼやける目で自分の吐瀉物を眺め、もういっそ殺してくれと本気で思った。もういやだ。痛いなんてもんじゃない。どうしてこんな。どうしてこんな。 「自分できれいにしなよ」  善也の冷たい声が頭の上から落ちてきた。まだ許されないのか。こいつはまだここにいるつもりなのか。よろよろと立ち上がり、洗面所へと降りていく。母親はいつの間にかいなくなっていた。  腹の痛みに耐え、こみ上げる吐き気を飲み下し、顔を洗い口をゆすぐ。タオルを何枚も手に取り、よたよたと階段を上がっていった。  シーツをはぎとろうとしてどさりとベッドに倒れこんでしまう。善也はじっとそれを見ていたが、「仕方がないなあ」とつぶやいて智をどけると汚れた部分を拭き、片づけていった。それが優しさに見えてしまう。智はぐったりと床に座り込み、善也をぼんやりと見つめていた。 「何が悪かったかわかる?」  清潔になったベッドに善也は腰を下ろし、床にへたり込んでいる智を見下ろした。ゆるゆると首をふり、また重い体を床に落としてしまう。善也は智の頭を足で踏みつけ、小さな声で言った。 「周りに気づかれたら困るの、智くんだってわかってる?」  その言葉にびくりと体を震わせて、善也の足に縋り付いた。 「俺、俺、」 「学校にいる間はいつも通りにできる?」  何度も首を頷かせ、智は涙を流した。子供のようにしゃくりあげ、善也の足にしがみつく。「ごめんなさい」と何度もつぶやき、智はぐったりと善也の膝に頭を落とした。その頭をそっと撫で、善也は顔を近づける。 「いい子だね、ポチ」  ぴくりと指を震わせて、智は善也の膝に頬を擦り付けた。 「いい子にはご褒美あげないとね」  汗でぬれた智の髪の毛を手に取り口づける。軽く肩を押し、善也から離れた智の頬を手で包み、上向かせた。善也はベッドから降りて床に膝をつくと、そっと唇を重ね合わせる。智がびくりと体を震わせた。ゆっくりとねっとりと口腔を舐めまわされ、力の失せた智の体からさらに力が失われていく。目の端に浮かんだ涙と口の端からたれる唾液は先程の物とは違い、甘かった。  時間をかけて口の中を愛撫され、智の頭はもう何も考えられなくなっていた。ただその快感に身をゆだねる。唇を離され、それを惜しむように舌を伸ばした。 「ちゃんとできたらもっといいことしてあげるね」  その言葉に、急に智の頭が晴れ、ごくりと喉が上下した。ずっとあきらめていた性への渇望が胸を焼き、そこに小さな期待が落ちる。その様子に満足そうに微笑むと、善也は柔らかく智の頭を撫でた。 「頑張ってね」

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