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第3話
抜けるような青空の下、容赦なく太陽の光が照り付け体を焼いていく。しかしそんなことは頭の埒外に置かれ、知らず汗を流しながら智は善也を蹴っていた。
普通に普通に普通に。いつものように善也を痛めつけなければいけない。善也がそう言った。殴ってもいいと。蹴ってもいいと。皆に怪しまれないようにと。
「……る……智!」
千隼に羽交い絞めにされ、智ははっと現実の世界に戻ってきた。
「え……?」
「やりすぎだって! 何してんだよ!」
言われて善也を見ると、彼は服を泥まみれにしながら吐瀉物の中に頭を置いてぐったりとしていた。ぼろ雑巾みたいだ。ざまあみろ。いや違う、これで普通のはずだ。
善也は呻きすらせずに、視線をこちらによこすこともなく、どうやら気を失っているようだ。智が呆然と善也を見下ろしていると、千隼がもう一度智の体をひっぱった。
「おいおい、どうしたんだよ。お前なんかおかしくないか?」
智はぎくりとして、善也への凶行に唖然としている千隼と成雄に背を向けて慌てて逃げ出した。智の名前を呼ぶ声をふりきって、校舎の裏の隅まで思い切り走ると、その場にうずくまる。
おかしいおかしいおかしい。普通にいつものように、暴行を加えただけだ。善也だって言ってたじゃないか。殴ったり蹴ったりされるのが嬉しいと。なのになぜ千隼までおかしいと気づいたんだ。あれはやりすぎだったのか? 確かに吐くほどに蹴ったことはなかった気がする。でも、だけど。
「智!」
突然名前を呼ばれて、智はびくりと肩を震わせた。顔をあげると心配そうな表情をした成雄の姿がある。なぜ追ってきたのかと、智は眉根を寄せた。
「智、大丈夫?」
「何が?」
何が? 心配されるようなことをしたか?
「どうして逃げたの?」
「いや、別に……」
きょろきょろと周りを見たが、千隼はいないようだ。成雄はしゃがみこみ、智と視線を合わせようとする。智は顔をそむけて、膝に埋めた。背中を撫でられてびくりと震える。あれ、俺今何してるんだっけ? 何でかわからないけど成雄に優しくされてる。いやこれは、ダメなんじゃないのか? 善也が見たら……。
「悪い、ちょっとイライラしてて」
成雄の腕を払いのけて、ぼそぼそとつぶやいた。成雄は小さくため息をつき、再び背中を撫でる。日陰に入ったからか、場違いに風が流れて行った。震える体を抑えこむように歯をくいしばる。もう何が何だかわからない。
「智、本当に……」
「あ」
成雄の言葉を遮って智は立ち上がった。うろうろと辺りを歩き回る。成雄も立ち上がり、智の肩をつかんで軽く揺すった。
「智、どうしたんだよ」
「あいつ、善也を、保健室につれていかないと」
「え?」
訝し気に目を細めた成雄を無視して先程の場所に向かおうとする。成雄は肩を強く掴んでそれを阻止した。
「智何言ってるの?」
「だって、だって、」
「……ねえ。何があったの? 善也の心配なんて今までしたことないよね?」
「……俺帰る」
「ちょっと」
成雄の腕を振り払って智は校舎へと鞄を取りに向かった。
何だよ。どうなってるんだ? 俺そんなにおかしいか? 普通だろ? 普通にいつものように、善也を蹴っていただけじゃないか。成雄こそ、千隼こそ、どうしたんだよ。意味わかんねえ。俺の何がおかしいんだ。
智は廊下の真ん中で頭を抱えてしゃがみこんだ。ざわっと周りがうごめいて通り過ぎる。急に殴られた腹が痛み出し、智はよろよろと立ち上がると教室へ入っていった。
成雄は唖然として立ち尽くしてしまい、智を追うことができなかった。どう見ても智の様子がおかしい。善也が智を見る目も変わっている気がする。二人の間にいったい何があったのかと、成雄は舌打ちした。善也が倒れている場所に戻ると、千隼がつまらなさそうに壁にもたれてスマホをいじっていた。何かに気づいたように顔を上げて、笑いながら横たわっている善也の写真を撮っている。あいつは馬鹿だ。わざわざ証拠を残すような真似をして。
「やめときなよ」
成雄が声をあげると、千隼がため息をつきながらこちらを振り返った。
「もー、お前らどこいってたんだよ。っていうか智は?」
「……帰るって」
「はあ?」
わざとらしく大きく息を吐き出すと、千隼はつま先で善也の肩を揺らす。さすがにこの姿には肝が冷えた。小さなうめき声が聞こえ、善也がゆっくりと目を開いた。見た目ほどダメージを負っていないようで、成雄が腕を掴んで持ち上げると、自分で立ち上がった。
「何だ。生きてるじゃん」
千隼は少し面白くなさそうに言い、興味をなくしたようにさっさと善也に背を向けた。成雄はため息をつき、善也の服についた砂を払う。千隼が声の届かないところまで行ったことを確かめてから、善也の肩を強く掴んだ。
「お前、智に何をした」
「え……」
意味がわからないと表情で答え、おどおどと目を泳がせている。髪が汗や吐瀉物で汚れ、束になって顔の横にへばりついていた。
「智がおかしいのはお前のせいだろ」
「成雄くん……?」
びくびくしながら成雄を見上げて、すぐに目をそらせて俯いた。まるで無害だと主張するように。成雄は舌打ちすると、善也の体を押し、背を向けた。こほりと小さな咳が聞こえる。ざりざりと足を引きずるような音がして振り向くと、善也が水場へと顔を洗いに行くのが見えた。
善也はいつも通りだ。智を振り仰いだ時に見せた目つき以外は。
絶対におかしい。
成雄はイライラと善也を蹴飛ばしてやりたくなったが、わざわざ追うのが面倒になって校舎へと歩いて行った。
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