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第4話-2
もう何度唇を重ね合わせたのかわからない。味わい尽くしてもまだなお甘い善也の舌は、智の口内を舐めまわし正常な思考を奪い取っていく。ぼんやりと目を細め、智は息を吐きながら離れていく善也の唇を名残惜しそうに見つめた。蕩けた表情と今にも舌を伸ばしそうな薄く開いた唇。頬を上気させ薄赤くしながら、智は善也の吐く息すらも飲み込もうと喉を上下させた。うっとりと見上げた、善也の浮かべている表情が笑みでないことに気づき、智は戸惑いと恐怖を覚える。また何か、してしまったのだろうかと頭がキンとなった。
「智くん、成雄くんと距離が近すぎない?」
「え……」
「肩を抱かれたり、手を握られたり、そのうち抱きしめられるんじゃないの?」
皆の前で手を握られたことなどないのに、なぜかそれを善也は知っていて、そしてそのことを不愉快に思っている。智は呆けた頭がパニックになり、さらに思考が散らかっていく。
「あ……ご、ごめ……」
智が悪いわけでもないのに、彼は顔を真っ青にして謝ると善也の膝に縋り付いた。ぞんざいに手を払われ、ぎゅうと心臓が冷たくなる。どうしていいかわからずに、おろおろと手を宙にさまよわせた。
「もう触られないようにしてよ」
「え?」
「もう体に手を触れさせないで」
言葉に力を込めて再度言われ、智はびくりと肩を震わせた。しかし、それは自分でどうにかなるものなのだろうか。智は口の端を引きつらせながら、善也を見上げた。
「な、成雄は前からあんな感じだから、別に、あの……」
「何? 口答え?」
ひっと息を飲んで、智はきつく目を閉じた。殴られると思ったのだ。しかし善也が体を動かす様子もなく、恐る恐る目を開けると思い切り顎を蹴られた。がんと頭に響く衝撃と、舌を噛みそうになった恐怖。目の前が明滅して智はぐらりと頭から床に倒れこんだ。蹴られた顎もぶつけた頭も両方痛い。うううと呻き智は再び蹴られた時のために体を硬くして身構えた。しばらく震えながら床に転がっていたが、ぐいと胸倉を掴んで体を持ち上げられ、小さな悲鳴が漏れる。それを飲み込むように唇を押し当てられ、智は再びパニックになった。
痛みも何もかも意識の外に飛んでしまうほどに、智は善也の唇の柔らかさと舌の甘さに溺れ、口腔を再び愛撫されると体が熱くなる。身をよじらせてさらに求めるように善也の指に手を触れた。
「どうしたの?」
唇が離れ、息を吐くように善也が笑う。智は舌を伸ばしながら、もう我慢できずに善也の指を引っ張った。
「言わないとわからないよ」
顔を真っ赤に染め、俯いて、しかし小さな声で智は懇願した。
「ゆ、指を……」
「指を?」
顎の痛みも智を正気には戻さない。目を蕩けさせ、何でもいいからとにかく快感を味わいたかった。さらに善也の指を引っ張り、口にするのが恥ずかしくて体を悶えさせる。しかし善也は智が口を開くまでぴくりとも動かなかった。
自ら求めるようになったのはいつからか。善也に与えてもらうままに受け入れてきたが、何より強い快感を得られるその行為にはどうしても我慢がきかなかった。
「い、入れて……」
「どこに?」
さすがに智は黙ってしまった。しばらく沈黙が続いた後、善也は鼻から息を漏らすように笑った。
「して欲しいなら、成雄くんに体を触らせないでね」
「え……」
そういえばそういう話をしていた。しかし、と智は思う。成雄が触ってくるから何だというのだろう。確かに手を握られた時は驚いたが、彼の接触など少しスキンシップが多いな、ぐらいにしか思っていなかった。成雄が千隼の体にはほとんど触れていないことに智は気づいていないので、善也が何をこだわっているのかわからない。
「どっちがいい? 僕にこうやってされるのと、成雄くんに肩を抱かれるのと」
全く迷いがないかと言えば嘘になるが、二択にすらなっていない。智がそっと善也の指を握ると、彼は薄く笑った。
「選んだのは智くんだからね」
念を押されたことに戸惑うが、それよりもこの後の行為に期待が高まる。もう何度も指を入れられ、抜き差しされ、ひどく強い快感を得られる場所をさぐられ、鬱屈していた智の性欲は体が爆発しそうなほどに身を熱くさせる。ゆっくりと服を脱がされていることにもどかしさを感じた。
「もう入れても大丈夫なんじゃない?」
いやらしい音を立てながらローションでぬるりとしている指を抜き差しされる。腰を浮かし身をよじりながら、智は善也の顔を見た。
何を?
すでにもう入れられている。これ以上に何かあるのか。智の不思議そうな顔を見て善也はふきだした。顔を背けて口元を手で隠し、それでもこらえきれず肩を揺らしている。今されている行為と善也の反応とのギャップに智は訳が分からなくなって体を硬くさせる。「本当に何も知らないね」と言いながら、善也は智の手を取り自身の下半身に押し当てた。
善也が勃起していることに、智は頭を何かで殴られたような衝撃を受けた。今までただ施されていると思っていた。智の求めに仕方なく応じてくれているのだと。いろいろ知識を持っているなとは思ってはいたが、善也自身が何かをしたいと思っているなどと考えたこともなかった。
あまりの驚きように、再び善也はふきだした。指をずるりと抜かれ智は体を震わせる。しかしそれよりも、気になることで頭がいっぱいになっていた。
「お前も、その……」
男が好きなのかと。問いたかったが、善也はふっと息を漏らした。
「違うよ」
意味が分からなかった。じゃあなぜ、そこはそんなにも熱く猛っているのだ。智は半身を起こし、善也に手を伸ばした。
「僕は智くんが欲しいだけだよ」
それはつまりどういうことだ。俺以外に何も興味がないということなのか。それとも女が好きだが俺ならいいということか。それとも男も女も好きなのか。いや、違うと言ったじゃないか。どういうことだ? 意味が分からない。善也はどうしたいんだ。いやそれも、言っているじゃないか。俺が欲しいって。
途端に顔も体も全身が熱くなって、血が沸騰した。具体的な行為を思い描いてしまったのだ。
「そ、んなの、入らな、い」
善也のものがどんな大きさなのかは知らないが、自身のもので考えても、到底そんなものを飲み込めそうにない。熱くなった体が瞬時に冷えていく。青ざめながら痛みに悶える自分の姿が頭に浮かんだ。
「三本も根元まで入ってるんだよ? 少しの痛みぐらい智くんは我慢できるよね?」
語尾を強められて、智はごくりと唾をのみ下す。やはり痛いのではないか。智の表情を見て、善也はため息をついた。
「もう少し慣らしてもいいけど、指じゃ届かないとこまで入るんだよ」
どくりと体が熱くなった。再び違う意味で喉を上下させ、智は善也の顔を見る。もう目が欲している。智は快楽に貪欲だ。それを知った上で誘導している善也は、口の端を持ち上げて満足そうに息を漏らした。
「じゃあ」
抜かれていた指をティッシュで拭いだした善也を見て、智は少し残念そうな表情をする。しかし強い期待もある。どきどきと体を震わせながら善也を見つめていたが、彼は立ち上がって智の体に服を放り投げた。
「ちゃんといい子にできたらご褒美に入れてあげる」
いい子に。それはつまり。どういうことだ?
「さっき言ったよね」
善也の声が低くなって智はびくりと身を竦めた。さっき。さっき。さっき。さっきっていつだ。何を言われた? ああそうだ。成雄だ。成雄に触られるなと。そうか。成雄と距離を取れば善也が。善也が。
善也の真意がわからないまま、智は何度も頷いた。
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