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第5話
直射日光が当たるいつもの場所で千隼がしゃがみこんで善也に財布をよこせと迫っていた。智はなぜ木陰すらないこの場所でいつもたまっているのだろうと、不思議に思う。言い出したのは誰だったか。俺か。きょろきょろと周りを見回すと、校舎で影ができているところがあった。あそこならまだ暑さも和らぐのではないか。しかしもう、空気は秋めいてきて、風は少し流れるようになり、不快指数はさがっていた。
千隼が善也の財布を奪い取っている。智はぼんやりとそれを見ていた。恐喝するのは千隼だけだ。智は暴行を加えるだけで、成雄はそれすらしない。ただいつも、校舎の壁にもたれてじっと成り行きを見ている。ちらりと善也の視線が刺さった気がして、智は成雄から少し離れた。成雄がそれに気づき眉根を寄せる。
「智」
静かな声で名前を呼ばれ、智は成雄と目線が合わないようにしながらそちらを見た。
「何だ?」
「ちょっと暑いから、あそこにいかない?」
言いながら先程見つけた校舎の影を指さす。なぜそんなことを言うのかわからない。ここから二人で離れようなどと、今まで言われたことはなかった。
「いや、別に俺、そんなに暑くないから」
言っている間にも智のこめかみから汗が流れ落ちている。苦しい言い訳だ。しかしついていくわけにはいかない。千隼が金を巻き上げているのに、善也はじっとこちらを見ているような気がした。前髪で隠れて視線は見えない。
「汗かいてるじゃない」
いつになく強引に成雄は腕を引っ張り、そして智はそれを思い切り振り払った。滅多に見せない成雄の苛立ちが感じられる。やりすぎた。智は何でもない風にぎこちなく笑った。
「千隼がやりすぎないように見張ってようぜ」
やりすぎていたのはいつも智だ。それを棚に上げて、智は千隼をじっと見つめた。成雄も嘆息して千隼の方に目を向けた。
腕を掴まれた時に距離が縮まった。気づかれないようにそっと離れる。しかし成雄が気づかないわけがない。むっとしたのか、成雄は再び智の腕を掴んだ。
「ちょっと」
智は無言で、今度はやんわりと手を払った。善也が見ている。善也が見ている。なぜいつもよりこんなにしつこいのだ。成雄が何か言おうと口を開けた時、千隼が笑顔で振り向いた。
「カラオケ行こうぜ」
こいつはなんて能天気なんだ。二人の攻防を知ってか知らずか、千隼は立ち上がって善也を軽く蹴飛ばすと、こちらに戻ってくる。成雄が「いいね」と笑顔を見せ、智へ向き直った。
「智もいくよね?」
言葉に力を込められて、断るのもおかしい気がした。しかし、授業が終わったら早く家に帰って善也といろいろしたい。もう何だかこの三人の関係がどうでもよくなってきた。いやでも、どうだ。周りには気づかれないようにという善也の言葉はまだ効力があるのか。またいつものように頭を抱えたくなる。考えすぎて青ざめた智は、成雄に心配されるというミスを犯した。
「何か顔色悪いね。智大丈夫?」
肩を抱かれてびくりと体をこわばらせる。千隼が不満そうに二人を見ていた。「智最近そういうの多いよな」とぶつぶつ言っている。成雄から逃げるようにしゃがみこむと、さらに成雄に心配された。
「智具合悪いみたいだから保健室に連れて行くよ。千隼後でいくから先戻ってて」
千隼はむっとして智の肩を押した。
「おい、いい加減にしろよ。何だよいつもノリ悪いな」
その態度に成雄がすっと智の前に立ち、千隼の腕を掴んだ。
「具合が悪いのかもしれないのに、そんな言い方はよくないよ」
千隼は舌打ちすると、成雄の手を振り払って校舎へと戻っていった。転がっている善也と智を心配する成雄が残った。何だこれ。何だこの空気。俺ここにいる場合じゃなくないか? 「ちょっと寝てくる」と言って成雄に背を向けると肩を掴まれた。
「ついていくよ」
有無を言わさない声音だ。どうすればいいんだ。どうすれば追い払える? いやでも、ここはとりあえず従うしかないのか。善也が見てる。善也が、見ている。
走って逃げだしたくなったが、智は何も言わず歩き出し、成雄がそれを追ってきた。善也が起き上がる気配がする。少し歩調を速めて、頭を抱え込みたくなる手をポケットに突っ込んでズボンをわしづかむ。成雄がそっと肩を抱いて、智を支えるように力を込めた。
ああもう。何で邪魔するんだ。何でこんなにくっついてこようとするんだ。いつもこんな感じだったか? もうわからない。もう何もわからない。
くらりとめまいがして智は意に反して成雄にもたれかかってしまった。まずいと思った瞬間肩をぐっと抱きしめられる。成雄は俺の思い通りになるほど馬鹿じゃない。もう逃れるすべもない。ぐらりとさらにめまいがして、智はしゃがみこんだ。頭が痛い。善也が見ている。成雄が肌に触れてくる。千隼は怒ってどこかへ行ってしまった。ぐちゃぐちゃじゃないか。何だよこれ。何なんだよ。もう、何なんだよ!
強引に成雄を押し返そうとして、思いのほか強い力で肩を抱きしめられた。
だめだ。立ち上がれない。智はその場で嘔吐した。成雄が驚いて智の名前を呼ぶ。背中をさすられても何度も嘔吐を繰り返す智を、成雄は最終的に抱きかかえて保健室へと連れて行った。智は意識が朦朧として、もう何も考えられなかった。
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