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第6話

 智は机に突っ伏して昨日の余韻に浸っていた。善也が優しかったことが喜びをさらに大きくした。これならもう毎日でもいいと絶倫さを垣間見せながら、智はぼんやりと辺りを眺めた。  成雄が千隼と何か話している。また合コンの相談か。善也は教室の隅でひたすら俯いていた。善也と交わったことで、まるで対等な関係になったように錯覚したが、やはり善也は学校では演技を続けているし、今までの命令は効力をなくしてはいないのだと思い知って少し気持ちが沈んだ。曇っているのか晴れているのかわからない心を持て余しながら周りに聞こえないようにため息を吐く。背中に軽く手を当てられて智は上体を起こした。成雄が笑顔で智の肩に触れる。 「合コンはいかねえぞ」 「そんなんじゃないよ」  小さく笑って成雄は空いていた智の前の席に座った。 「最近具合悪そうだったのに、今日は調子よさそうだね」  その理由に思い当たって顔を真っ赤にする。すぐに隠すように面を伏せた。成雄が眉間にしわを寄せる。小さく歯ぎしりして、しかし何もなかったように智の腕に触れた。智はピクリと体を震わせる。さりげなく腕を引き寄せて顔を上げた。 「どうしたんだよ」 「千隼がカラオケ行こうって言ってたよ」  その言葉に智は小さく唸った。最近千隼との関係があまりよくない気がする。主に自分のせいなのだが、今の状況であまり近づきたくなかった。 「まだ具合悪いの?」  心配そうに表情を曇らせて、額にかかった智の髪を成雄がさらさらと持ち上げた。大きな音を立てて体を引く。智は青ざめて成雄の手を握り締めていた。今何をした。いやそもそも成雄の手を握っている場合ではない。ぱっと手を離すと成雄は首をかしげた。これはいつものスキンシップの範疇なのか? 範疇であってもこれは許されないだろう。恐る恐る善也を振り返ると、じっとこちらを見つめていた。小さな悲鳴が漏れる。成雄がまた腕を掴んだ。 「どうしたの? 大丈夫?」  背中に手をやって頭を近づけてくる。このままじゃやばい。早く逃げなくては。智は口元を押さえ、小さな声で言った。 「ちょっと気持ち悪いから保健室行ってくる」 「ついていくよ」  言いながら立ち上がった成雄を無視するように、体を押しのけて慌てて教室を出て行った。今の態度はまずかったかもしれない。でも善也の方が怖い。成雄は本当に距離が近い。どうしていつも俺を。  保健室には相変わらず誰もいなかった。いや、一番奥のカーテンが閉まっている。誰か本当に具合の悪いやつが寝ているのか。ため息をついてベッドに横たわる。もうどうでもいい、寝てしまえと智は目を閉じた。  カラカラと小さく音を立ててドアが開く。もう何も見ないようにさらに強くぎゅっと目蓋に力を入れる。そっとカーテンが揺れている気配がして、ああやはりと智は体を震わせた。しばらくしてからなぜか頭を撫でられる。びっくりして顔を上げると善也が見下ろしていた。奥に人がいるからか声を出すことはなく、しかしそっと顔を寄せて口づけてくる。  智の目と頭はぐるぐると回った。いったい何がどうなって今この状況にあるのだろう。ベッドに軽く押さえつけられたまま善也は口腔をまさぐるように舐めまわしてきた。声をだせない。息を吐くことすらできない。気づかれたらどうするのだ。そして思い至った。気づかれるかもしれないからわざとやっているのだと。  その時。  大きくカーテンが揺れてスマホのシャッター音が鳴り響いた。思わず善也を突き飛ばすと体を起こす。音のした方を向くと、千隼がにやにやと笑っていた。 「うっは、マジだよ。キモいなお前ら」  智は声にならない悲鳴を上げて千隼に掴みかかった。心臓が耳元で鳴り響いている。目の前を真っ暗にしながらも、必死で手を伸ばして千隼のスマホを奪い取ろうとした。どうしてこんな。どうしてこんなことに。 「触んなよ、ホモ野郎が」  頭をバットで殴られたような衝撃が智を襲った。一番恐れていたことが現実になってしまった。しかもよりにもよって千隼だなんて。泣きそうになりながら、歯をくいしばり何とか体を起こしてもう一度手を伸ばした。 「もういいってそういうの。みんなにばらまいちゃってもいいんだけどさ。それよりお前らヤルとこ見せてよ」 「は?」  聞き間違いかと思った。何を言っているのか理解ができなかった。しかし千隼はまだにやにやしたままで、「どうして……」とつぶやいた智を鼻で笑った。 「動画とるんだよ」 「なんでだよ!」 「お前ら脅すために決まってるだろ」  じゃあ写真で十分じゃないか。こいつは面白がってるだけだ。だけど。完全に弱みを握られた。逆らうと本当に何をするかわからない。逆らわなくても気まぐれで写真をばらまくかもしれない。どうしたらいいんだ。何で俺ばっかりこんな目に合うんだ。何だよもう。もう。もう死にたい。 「空いてる教室いこうぜー」  何でもないことのように言って、千隼は智の背中を押した。今更気づいて善也を見上げたが、彼は無表情で何を考えているのかわからなかった。どん底にいるのは自分だけだ。  千隼は智が何度もスマホを奪い取ろうとするので、面倒くさくなったのか智を前に歩かせてぐいぐいと背中を押してきた。後ろを振り向いて善也を確認すると、下品な声で笑いながら大きな声を出した。 「善也も逃げんじゃねーぞ」  金で解決できるならもうそれでいいと思ったが、金をとって写真もばらまくのが千隼だ。小さく震えながら重い足取りで歩いていると「さっさと歩けよ」と背中を殴られた。

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