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第7話
智はベッドの隅で体を震わせて毛布をかぶっていた。あの時成雄が来てくれなかったら、自分は終わっていた。ほとんど覚えていないとはいえ、バカみたいに嬌声をあげながら、なおかつ千隼のものを口に含んだりしていたのだ。そんな動画が千隼のもとにあったとしたらと思うと怖気だつ。もう千隼に会いたくない。だからといって、このままずっと家にいられる訳もない。母親はすでに訝しんでいる。学校なんて、授業なんてどうでもいい。でも……。
善也はどうしているのだろうか。善也が登校しているのなら、俺も行かなければ。あんなことがあったんだ。善也を一人にしてはいけない。ああもう。どうすればいいんだ。
遠慮がちなノックの音が聞こえ、智は顔を上げた。善也が来たのかと思ったが、彼がノックなどするはずがない。母親かと思って智は「何?」と返事をした。
「智……」
聞こえてきたのは成雄の小さな声だった。びくりとしたが助けてもらったことを思い出し「入れよ」と促す。成雄はそっとドアを開けるとベッドの隅で膝を抱えている智を見て眉尻をさげた。
「大丈夫……じゃないよね」
平気だと言いたかった。あんなの大したことじゃないと。しかし言えるはずもなかった。
成雄は勝手にベッドに座り、隅で毛布にくるまっている智に手を伸ばす。びくりと体が勝手に逃げて、成雄は悲しそうな顔をした。
「ねえ」
「こっちに来てよ」と成雄がもう一度手を伸ばす。智は少しだけ成雄に近づいた。手の届く距離に行った途端、思い切り抱きしめられる。思わず手を突っ張って逃げようとしたが、成雄の力は強く、智は仕方なく彼の肩に顔を落とした。そして小さな声で「ありがとう」と言った。成雄を怖がるのは間違っている。助けてくれたのだから。成雄が抱きしめながら頭を撫で、背中を撫で、小さなため息をつく。そして少し強い声音で言葉を漏らした。
「どうして善也の言いなりになってるの?」
一瞬何のことだかわからなかった。千隼の言いなりになってあんなことになったのだ。善也は関係ない。いや、彼がキスさえしなければ、こんなことにはならなかったのだけど。
「最近智がおかしいのも関係あるんでしょ?」
おかしい? 誰が? 俺が?
何のことかわからないけれど、何だか嫌な気分になって成雄の体を突っぱねようとした。しかし思いのほか強い力で抱きしめられていてびくともしない。
「何か、理由があるんじゃないの?」
「…………」
「俺なんか信じられない?」
「そんなことない」
そういえば成雄はずっと優しかった。過度なスキンシップに怯えはしたが、常に自分を気にしてくれていた。ぽろりと涙が零れ落ちる。もう一人で抱え込むのは限界だったのかもしれない。でもこれは、誰かに言えるようなことでは。
「俺が何か力になれるなら、何でもするよ」
何でもする。そう言って、善也に懇願したことが遠い昔のようだ。もう後は、彼のスマホに残っている写真だけなのだ。成雄なら、消してくれるかもしれない。成雄が体を離して智の頬を流れ落ちる涙をすくう。くらりと心が揺れた。
「俺、善也に……」
自分の淫らな写真を撮られたのだと、俯きながら小声で言った。千隼と同じことを、善也にもされていたのだと。成雄の、智の両腕を握っている手に力がこもる。智の瞳からもう一粒涙が零れ落ちた。
「俺、そんなのばらまかれたら、生きていけない」
ううと、とうとう嗚咽を漏らし、本格的に泣き始めた。成雄が再び智を抱きしめると背中を撫でる。耳元で小さく息を漏らした。
「俺が何とかするよ。だから泣かないで」
「何とかってどうするんだよ」
「力尽くで取り返す」
「…………あいつ本当は力が強いんだ。何で俺らに逆らわなかったのかわからないけど……」
「俺が弱いと思ってるの?」
成雄が息を吐きながら笑った。耳にかかった吐息に智はびくりとする。成雄はもう一度笑って、両肩を押してそっと智に口づけた。
え?
思わず身をよじったが彼の言う通り成雄の力は強く、肩を掴まれたままもう一度口づけられる。その唇が首筋に下りていって、智は思い切り成雄を突き飛ばした。
「何してんだよ」
「…………」
「離れろ!」
再び伸ばしてきた成雄の手をはじき、ずりと壁に体を押し付けた。
「お、俺が男が好きだからからかってるのか?」
「からかってなんかないよ」
「じゃあ何だよ! お前千隼と合コンとか行ってたじゃないか。男なら誰でもいいとでも思ってるのか?」
「だから」
「バカにするな!」
ぐっと成雄が口を閉じた。ぼろぼろと涙を流し、それを手で拭いながら智は唇を震わせた。
「信じたのに。今お前の言葉を信じたのに。こんな……。取引かよ。やってること千隼と同じじゃないか!」
「違うよ、智、聞いて」
「帰れ! 帰れよ!」
枕を投げつけてさらに成雄から距離を取った。成雄はそんな智を掴もうと腕を伸ばしてくる。
「智、俺智が」
「聞きたくない! 女が好きなくせに興味本位で寄ってくるな!」
耳をふさいで頭を振った。俯いて嗚咽を漏らす。成雄は手を伸ばすのをやめ、小さくため息をついた。
「興味本位なんかじゃないよ」
智は耳をふさいだまま俯いている。成雄はもう一度ため息をつくと、小さな声で言った。
「俺、智が好きだから。信じて」
智はまだ耳をふさいでぶんぶんと頭を振る。成雄は立ち上がり「今日は帰るよ」と部屋を出て行った。
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