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第7話-2

 ドアの向こうで何か聞こえる。恐る恐る耳から手を離すと、善也が部屋に入ってきた。智は顔を真っ白にして、悲鳴を上げた。実際に出たのはひゅっという息を吸い込む音だけだった。善也の肩を成雄が掴む。 「おい、お前」  その手を振り払って善也はドアを閉めようとする。 「この……」  成雄がドアを強引につかむと、善也を部屋から引きずり出そうとした。 「お前も帰るんだよ!」  善也は煩わしそうに成雄の腕を振り払い、智を睨む。智は震えながら起き上がり、成雄の体を押した。 「帰ってくれ……」 「智!」 「帰れ!」  その時階下からのんびりとした声が聞こえてきた。 「智、ケンカ? 仲良くしなきゃだめよ」 「なんでもない!」  母親にそう返すと、智はぐいぐいと成雄の体を押した。善也はもうさっさと部屋に入っている。 「頼む、帰ってくれ……」  智が俯いて弱々しい声を出すと、成雄はぐっと息を飲みこんで眉尻を下げた。「智は俺が助けるから」そう言いおいて、成雄は階段を降りて行った。  智は冷汗が止まらない。中に入れば善也に何をされるかわからない。いつまでもぐずぐずと扉を閉めないでいると、善也がそばに来て智の体を部屋の中へと押し、ドアを閉めて鍵をかけた。ドアを背にして低い声で善也が言う。 「どういうつもり?」  もう喉を鳴らす音さえでなかった。がたがたと震えながら床に崩れ落ちる。善也はいつも通りベッドに座って智の肩を蹴った。 「成雄くんに恥ずかしい秘密話しちゃって。どうやってそそのかされたの? キスでもされた?」  きっと善也は全部見ていたのだ。底知れない怒りが毛穴から立ち上っているようで、恐怖におののき智は善也の前に跪くしかなかった。 「これ、ばらまいちゃってもいいってことだよね?」  そう言って、善也がスマホをこちらに向ける。自分の情けない写真が画面に現れていて、智は唸り声を上げて善也に飛びついた。向かってくるとは思わなかったのか、善也はスマホを取り落とす。智がそれを奪い取って必死で写真を消去した。  やった! これで、これで俺は自由だ!  智はスマホを床にたたきつけて立ち上がった。善也の肩をぐいと押す。 「残念だったな! 写真はもう消したぞ。俺はお前の言いなりになんかならねえ!」 「そう」  善也が小さな声で言葉を発すると、智はぎくりとした。あれ? なんで、怖がってるんだ?  善也は智を見上げ、肩を掴んでいた腕を握り締めた。 「痛っ」 「言ったじゃない。智くんは一人では何もできないって」  ぐいと腕を引っ張られ、バランスを崩した智は善也の胸の中に倒れこむ。そっと頬を撫でられ、口づけられると智の体から力が抜けた。 「あ……」  ゆっくりと善也の舌が口腔でうごめく。己の舌を絡め取られ、思わずそれに応える。そっとシャツの中に手を潜り込ませ、脇腹を軽く撫でられるとくすぐったくて身をよじった。そして思い切り唇に噛みつかれる。吐き出すように善也が顔を離し、腹を蹴飛ばして倒れた智を踏みにじった。 「で? 何だっけ? 言いなりにならないだっけ?」 「やめ……」  ぐっと足を掴んで体からどかそうとする。しかしびくともしなかった。青ざめた顔でがたがた震える。冷房がききすぎてるんじゃないか。リモコンどこだよ。 「お仕置きが足りなかったかなあ」  言われて、智は押さえつけられたまま首を横向けて嘔吐した。げえげえと吐きながら、にじんでくる涙が頬を伝う。善也の足を掴んでいた手は離れ、仰向けになっているせいで己の吐瀉物で窒息しかけた。激しく咳き込みながら口や床を汚していく智を見て、善也は口を歪めると冷たい声でつぶやいた。 「汚いね。智くんは」  指先から冷たい風が上ってきたような気がした。違うんだと必死で口元を拭う。たれた鼻水もよだれもごしごしとぬぐって、しかし服にも広がって汚れが伝染していく。汚い。俺は今、汚いんだ。涙が零れ落ちて鼻がつまって息ができなくなった。 「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」  ぶつぶつとつぶやくように謝罪の言葉を口にすると、ようやく善也は押さえつけていた足を離した。智の体を起こし背中を撫でる。智はげほげほといろいろなものを吐き出して、ぼろぼろと涙をこぼした。 「善也、善也、ごめん、俺……」 「とりあえずきれいにしようね」  優しくそう言うと、善也は部屋から出て行った。手に何枚かタオルを持ってくると智の顔と体を拭いていく。そうされている間もずっと智は「ごめんなさい」とつぶやいていた。  服を着替えてと言われ、智はのろのろとシャツを脱ぐ。露出した肌にそっと触れられて智は身をよじった。 「智くん、こうされるの気持ちいい?」  肌を撫でられ耳を軽く噛まれてねっとりと舐められる。智はふるふると体を震わせて頷いた。 「智くんを気持ちよくさせてあげられるのは、僕だけだよ」  智はもう一度頷く。自ら善也に抱きつき口づけをねだった。そっと唇を重ねられると頭が痺れる。舌が潜り込んでくると鳥肌がたつ。口腔を舐めまわされると下半身が熱くなる。手を震わせながら善也の肩を掴み、彼の唇を貪る。気が遠くなる。気持ちいい。もう何もかもゆだねてしまいたい。蕩けたように体を預けると、甘い息を吐いた。 「ねえ智くん。学校に来なよ」  智は顔を上げてぼんやりと善也を見つめた。 「僕一人じゃさみしいな」  すっと頭の霧が晴れ、智は慌てて姿勢を正した。善也が弱音を吐いている。しかも一人で学校に通っていたのか。でも。  智の曇った表情を見て、善也はそっと頭を撫でた。 「千隼くんは何も言いふらしたりしてないし、教室はいつも通りだよ」 「来れるよね?」と声を強められて、智は思わず頷いていた。

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