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第8話

 おそるおそる教室に入っていくと、周りは呆れるほどいつも通りだった。何に怯えていたのだとバカバカしくなる。しかし千隼と成雄を見つけて、ずしりと体が重くなった。 「お、智久しぶりじゃん。この間は悪かったな」  まさかその一言で済ませるつもりなのか。智はじとりと千隼を睨んだが、彼は鼻歌を歌いだしそうなほど笑顔で、ここでつっかかっても余計に目立つだけだと思い、無視して通り過ぎた。「うは、無視されちゃった」と軽く言葉を発し、どこまでも明るい。あいつはバカなんじゃないだろうか。いや、そういえば前からバカだった。  善也はやはり隅でひたすら俯いていた。その時、ふっと影が落ちて上を向くと、成雄が困ったような笑顔で智を見下ろしていた。 「智、昨日は」  何かを言う前に机に突っ伏した。成雄がさらに困ったように頭をかいてため息をつく。そっと頭にふれられて、ぎしりと体を起こした。また、触ってくるのか。軽く手を払うと、成雄は眉尻を下げて少し俯く。何だか自分が嫌な奴のような気がしてきて、智は成雄の顔を見上げた。視線が合うと微笑んで、前の席に座る。そっと手に触れられて、智はまたそれを払った。 「ごめんね」  しゅんとして俯いてしまった成雄は、怒られた大型犬の様だった。思わず吹き出してあわてて顔を背ける。眉を下げたまま微笑んで、成雄は智の耳元へ口を寄せた。 「俺、智の事好きだよ」  そう囁いて千隼の元へ戻って行ってしまった。  え?  昨日成雄がそう言っていたときは、智は耳を強くふさいでいて聞こえていなかった。だから今突然告白されたも同然だ。カッと体が熱くなって手が震えた。もしかしなくても、人に好きだと言われたのは初めてだ。心がぐらぐらと動揺する。  突然後ろから肩に手を置かれて、智はびくりと体を跳ねさせた。恐る恐る振り向くと善也が俯いて立っている。見えないのに視線を感じる。間違いなく怒っていた。智はぶんぶんと首を振ると、周りに気づかれないように視線をそらせた。善也も目立つと思ったのか、何も言わず自分の席に戻っていく。後でお仕置きねとでも言うようにぐっと肩を掴んでいくのを忘れずに。智は学校なんかに来てしまったことを激しく後悔した。

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