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第4話

そんなナオの背中を見つめつつ、幸太郎は人差し指で自分の唇に触れてみた。 まだ熱い。 彼女と別れのキスを交わしてから、もう1時間が経過しようとしているのに、いつまでこの熱は唇に宿り続けるのだろう。 「坂上先輩?」 幸太郎の気配を感じないなと思いナオが小さく振り返ると、彼は唇に当てていた人差し指を慌てて外し、何もなかったかのようにこちらへ歩み寄ってくる。 その幸太郎の仕草は、ナオの心をざっくりと抉った。 きっと今の幸太郎にとっては、文献探しよりもさっきのキスの方がずっと大切なことなのだろう。 結局参考文献を選ぶのに、3時間もの時間を要した。 幸太郎とナオは貸出手続きを終え、20冊ほどの分厚い本を手分けして持ちながら、ゼミ室まで戻る。 机の上に文献を積み上げたところで、2人ともギブアップ状態だった。 「オイ、久住……メシでも食うか?」 時刻は夕方6時、少しばかり小腹が減る時間でもある。 しかし幸太郎もナオもここ数日ほとんど徹夜していて、疲れ具合が半端ではない。 「先輩……俺、メシも食いたいし寝たいです……」 スポーツで鍛え上げた幸太郎とは違い、ナオは運動そのものと縁がない。 よって幸太郎よりもどうしても早く根を上げてしまうのだ。 「んじゃ、俺ん家行こうぜ……宅配のピザでも取って、少しまともな睡眠取って、明日の朝早くから論文着手……ナイスアイディアじゃね?」 「どこがですか……他人の家に行って、くつろげるはずないです……」 「んじゃ、俺がお前ん家行く……それでいいか?」 どうやら幸太郎はどうあってもナオを手元に置いておきたいらしい。 まあ、ナオは気を抜けばフラリとどこかへ行ってしまう放浪癖があるのだから、論文の最終段階で逃げられてはたまらないとでも考えているのだろう。 「分かりましたよ、いいですよ、それで……」 とにかく風呂に入ってスッキリしたい。 空腹を満たしたい。 快適なベッドで眠りたい。 「ん?ベッド……?」 「なんだよ、まだ何か文句つける気か?」 「いえ、そうじゃくて、ウチに客用布団なかったなと思って……」 「ベッドあんだろ?」 「ありますけど……」 「んじゃ、問題ねーよ。半分使わせろ」 その台詞を聞くなり、ナオは積み上げた文献に乗せていた顎を外し、背筋をピンと伸ばした。 「え!?い、一緒に寝るってことですか……?」 「そーだよ。お前ちっちゃいからな……」 「じゃあ、俺、ソファで寝るんで……」 ああ、また心臓がドクドクとうるさい。 一緒に寝たところで何もないのだろうが、何かを期待してしまいそうな自分が怖い。

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