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第27話
「いいか、日菜子。二度と俺の前にツラ見せんな」
「分かってるわ」
皮肉なことだが、日菜子も今日の事件があって、ようやく目が覚めたという感じだった。
これまでは自分をフった幸太郎が悪いと泣き暮れていたが、今日あの3人組に襲われそうになっていたナオを見て気が引き締まった。
まず彼氏云々の前に、自称日菜子ファンを躾けなければならないのだと。
「ひ、日菜子さん……」
ナオが力の入らない声で名を呼んできた。
日菜子は一歩近付いてナオの顔を覗き込む。
「今日の日菜子さん、すごく頼もしかった……ありがとう……ございます……」
「お、お礼なんて言わないでよ……私は私の落ち度を払拭したくて、アイツらを追い払っただけよ」
「それでも……俺一人だったら……最悪の事態になってた……」
「ナオ、もう喋るな」
公園の入り口までナオを抱き上げて連れて行った幸太郎は、見送る日菜子を振り返ることなく、やって来たタクシーに乗り込んだ。
「ごめんなさい……ホントに、ごめんなさい……」
タクシーが行ってしまうと、日菜子はその場に泣き崩れた。
本当に、なんていう事態を引き起こしてしまったのだろう。
それもこれも、「私をフった幸太郎が悪いのよ!」と大人気なく社内で吹聴していたせいだ。
どうりで幸太郎に拒まれる訳だと、今なら分かる。
「諦めるわよ……アンタは久住君と上手くやってりゃ、それでいいのよ……」
折角の休日が、台無しになってしまった。
日菜子は汚れたカーディガンを拾い上げると、寮に向かって歩き始めた。
タクシーに乗り込んだ幸太郎は、自宅への道順をドライバーに告げて、虚ろな目をしたナオの肩をしっかりと抱き寄せた。
「先輩……就活は……?」
「今日はナシだ」
「折角……面接まで漕ぎ付けたのに……スーツも、汚れちゃいましたね……」
「黙っとけ」
車は渋滞に引っかかることなく、順調に走る。
環状線を走り、住宅街に入り込み、白い外観の幸太郎が住むマンション前で止まった。
幸太郎は札入れから千円札を何枚か抜き取って代金を支払うと、すっかり脱力したナオを何とか車内から引きずり出して、タクシーを見送った。
そして自分の家へ連れて行く。
幸太郎の家は、10階建てのマンションの3階部分にあった。
南向きの角部屋で、間取りの割に家賃が安い。
もっともその分駅からかなり歩くのだが、徒歩が嫌いではないのでこの物件に決めている。
「ナオ、口の中切ったか?」
「ちょっと……血の味、します……」
本当に何てことをしてくれたんだと、幸太郎は怒りを新たにした。
やるせない怒りを日菜子だけにぶつけてきたが、まだ完全に払拭された訳ではなかった。
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