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~いつものあさ~
「そうだ、アレン……ママに謝らなきゃいけない事があるとワタシに言っていただろう?今、ここでママに謝りなさい……隠し事をするのは悪い子がする事だからね」
パパが相変わらず顔全体を新聞紙で隠しつつ湯気のたつ香りのよいコーヒーを飲みながら、静かな声で僕に話しかけてきた。
「まあ、私に謝りたいって……何の事かしら、アレン?」
「そ、それは……ごめんなさい――ママ」
僕は気まずそうな表情を浮かべながら、ズボンのポケットからある物を取り出す。目の前で新聞を読みながら湯気が立つ程に温かいコーヒーを優雅に飲んでいる【パパという名の夜の化け物】が僕のお腹に《淫乱な天使》と落書きしたママの口紅だ。
「まあ、私が無くした口紅じゃない……しかも、中身が少し減っているわ。アレンったら――悪戯でもしたんでしょう……本当に悪い子なんだから!!」
みるみる内にママの機嫌が悪くなっていく。それと同時に、先程まで優しい笑みを浮かべていた顔がクシャッと崩れ落ちていく。
――パパが【夜の化け物】なら、
――ママは【朝の化け物】だ。
ママは偉いパパの言葉を信じて疑わない。
きっとママにとってパパは愛する家族であり、神様なんだ。
「まあまあ、きちんと謝ったんだからいいじゃないか――それじゃあ、行ってくるよ」
「それも、そうよね……行ってらっしゃい……あなた」
パパがしれっと言うと、ママはあっさりと納得して家を出て行こうとしているパパの頬に優しくキスをした。
――ママは僕には行ってらっしゃいのキスをしてくれなかった。
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